無理なく努力して資産1000億円を目指す…

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

日課を維持することの難しさ(*‘ω‘ *)

日課を維持するのは難しいなと感じた。

ところで、ブログを一気に何万字分も書き溜めたお陰で腱鞘炎になった(*‘ω‘ *)

だから、年初から『平日はブログを毎日投稿する』という目標から外れることになる。

 

日課とは、風呂に入り、健康的な食生活を送り、体を動かし、早寝早起きを心がけ、歯を磨く…みたいなことだ。

Twitterで生きているだけで100点みたいな投稿が回ってくることがあるが、確かにそうなのかも知れない。

小学校の頃、これらを維持する為に、親が必ず注意してくれた。しかし、いい大人になると、自分の事は自分でやらなければならず、これらが疎かになることが多い。

 

今日は、仕事を早退した。かなり罪悪感があるが、その反面、仕事を休んでの娯楽は、どこか背徳感があっていい。不思議だ。普段の3連休なんかには、この感じはない。

仕事を健康的に続ける為の日課。仕事の為の日課。仕事が作る未来の為の日課

その為に、日常生活を続けている。そんな私は偉い。

 

しかし、Twitterで見た、『容姿も悪く、コミュ力もなく、金も地位もなく、知性も学歴もない、私みたいな人間を相手にしてくれるんですか?と言う問題あるから、自己肯定感を高めるだけでは無意味だよな。』という書き込みに心底同意する。

その為、日課ができるだけで自分が偉いとは思わないし、そんな自分に満足する気にはなれない。その意味で、自己肯定感なんてものは、クソだ。

 

それでも、日課ができないと、仕事もできないというのは、良く分かる。

仕事さえあれば、未来がそこまで棄損することもない。

その為の日課。しかし、このブログが生まれた理由は…、シャワーを浴びるのが、億劫でならないのだ。

私は、シャワーや風呂が苦手なので、その為にラッシュと言うメーカーの化粧品を買って使っている。モチベーションを上げるためだ。

jn.lush.com

それでもかなり億劫になるから困る。

それでも、一日でも欠かしたら、きっと悪循環にはまるだろうと分かるから、今日もシャワーは浴びる。もしかしたら、この危機感が最大のモチベーションなのかも知れない。

 

今日は、仕事の時間が病欠でなくなったので、相場を見ながら読書することにした。

ブログはこの数日は書けないだろう。腱鞘炎になったからだ。

しかし、その分、読書を進めないといけない。書き溜めたブログがなくなるだろうから、1~2週間後、毎日ブログを書かなければいけない日々が来る。

 

相場は、ドル円だけで10枚なので40万以上使っていることに、今日初めて気が付いた。

全資産で撃てるだけ撃っているのだが、その為、10枚がいくらかなんて自覚したことがなかった。

だから勝てるのかも知れない。

しかし、今月はまだ収入がない。

先月100万いったのに、無収入…しかし、焦る気持ちもない。恐らく、100万はちょっとチートだったとしても、基本は30~60万は行くだろうと思うからだ。

しかし、この額だったら為替ニートって感じで、トレーダーって感じがしない。

現在は、株式市場の下落に合わせたポジに、全部調整している。

今数十万利食わず、少しずつ売り増ししていって、2月に300万利食うのも一つの手だと言う気もしてきている。

それでも、今の内は、毎月100万というのを、コンスタントに目指す方が精神衛生上言い気もするから難しい。

相場とは、結局見通しが正しいとかそういうことはなく、それについて語るテクニカルやファンダメンタルズは所詮は全てポジトークにならざるを得ないと思う。

その意味では、自分のポジが利益を出すとの確信と自信だけが、利益に繋がる…そんな世界だ。

 

しかし、良い循環は、丁寧な日常生活の中に興る。

結局は、そのショートポジが利益を出す為には、シャワーを浴びると言う日課が大事なのだ。そして、手首を大事にする為に、ブログを控えて読書をする。常に出来ることに精一杯になる。その繰り返しの果てには、大きな成果がある。

 

シャワーを浴びようと思う(*‘ω‘ *)

 

ある日の昼食を晒しておく(*‘ω‘ *)

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現代経済学を批判的に学べ、かつ、その歴史にも詳しくなれる三冊を紹介(*‘ω‘ *)

まず最初に、全部入門書や読み物であり、専門書ではないので、全部読め(*‘ω‘ *)

まず、ここ数日読みながら度々引用したり感想を書いたこちらの本。

 

 この本は1週間ぐらい読むのに時間がかかってしまったが、普段から時間があまりないので仕方がない。それでも、とても面白かった。ニートなら一日で読めるだろう。

 

アダム・スミスマルクスケインズも、全ての人間が一度は名前ぐらいなら聞いたことがあるのではないだろうか。

しかし、この三人は誤解されている。その誤解は、この本でも出てくるが、個人的に思うことを先に書きたい。

まず、アダム・スミスは、多国籍企業の寡占状態の自由貿易は一つも推奨していないし、労働価値説を推した。労働の価値が商品価値を決めると言っていて、その労働価値を市場原理で決めるなど一言も言っていなく、『見えざる手』などの表現は、長い著作の中で少し出てくるに過ぎず、前後の文脈を無視して用いられるものではない。

これは、『国富論』を読んだ人間には自明なことだ。

これらについては、この本にも書いてある。

私は、『国富論』を読んでいたので、この本に出てくる、『新古典派経済学者』や『新自由主義経済学者』がアダム・スミス聖典にする理由が理解できていなかったが、歴史と共に曲解されたのが、彼の運命だった様だ。

 

そして、マルクスも誤解されている。

マルクス共産主義者か?という哲学的問が残るが、これは、今日は無視しようと思う。

マルクスは、自分はジャーナリスト兼ニートみたいな生活をしつつ、友人の援助でブルジョワ的生活を生涯送った人物だ。プロレタリア革命を夢見たが、個人的には、その理論がジャーナリストとして有利だったのと、経済学が好きだったので、共産主義的な理論で武装するようになったが、自分がそれを必要としていると言った印象はなかった。

私は、この本で、マルクスの人生について、初めて読んだ。

この本がいいところは、経済理論について概観できるだけではなく、各経済学の巨人たちについて、その人生が分かる点だろう。

共産主義が悪いように誤解される、特に東西冷戦の結果によって、資本主義を持ちあげる空気がある、結果としてマルクスも評判が悪い、そういう印象を私は受ける。

しかし、労働者の生活の質や賃金に目を向け、失業に目を向け、現代の失業を無視する理論をかざす経済学者たちとは違い、より本質的な部門を研究したのだなと言う印象を受けた。

マルクスについては、これ以外にも紹介本を読んだことがあるのだが、『資本論』は読んだことがない。その為、アダム・スミスについて書けたこと程のことが、ブログでは書けないことが、もどかしい。是非とも『資本論』についても読みたい。

 

ケインズは、現代人にとって、『財政出動の為に穴を掘って埋めろ』と言った人物として印象に残っているのではないかと思う。

ケインズについては、私も『一般理論』を読んだことがある。

しかし、この三人を比較する本で読んでショックだったのは、今の経済学部でケインズについては全く教えないということだ。

私は、数学科の出身なのだが、数学の講義では数学の歴史について学ぶ時間があった。経済学部にもそんな有意義な時間があればよかったのにな、と経済を選択した人達が気の毒になる。

ケインズは、投機家としての一面もあり、その為か、恐らくは、投機の与える役割や期待について初めて真面目に考察した人物だと思う。

マルクスは、失業が起きることや賃金が低下してしまう経済危機について考察できても、それに対する処方箋を提供することはできなかった。できたのは、あまり現実的ではない理想論である共産主義革命について言及したことだけだ(一応マルクス中央銀行の設立については推していた)。

ケインズは、これらの不況と闘う為に、金融政策と財政政策の必要性を始めて唱えた人物だろう。そして、貨幣というものが、無から創造されることを、初めて自覚した人物かも知れない(記述した人物かも知れない)。

しかし、ケインズの『一般理論』は凄く読みにくいので、この本で、ケインズを概観するのは、凄く前向きな選択だろう。

 

最後に、著者がドイツ人だった為か、ユーロに関する記述が多い。

その中で、連合国が1次大戦後にドイツに天文学的賠償金を求めたのと同じことをギリシャの債務支払いに対して行っているとの指摘は、凄く印象に残った。

当時のドイツは通貨を切り下げることもできたが、今のギリシャはそれができない。

しかし、個人的には、今の世界の経済体制(多国籍企業の寡占)を思うに、ギリシャの様に目立った産業のない国が、通貨を切り下げたぐらいで経済を回復させることができるのか?疑問で仕方ない。1次大戦後のドイツは世界で2位の工業国だったという現実もある。その差は大きいのではないだろうか。

それに、ドイツみたいな国であっても、通貨の切り下げで、一般の平均的な国民までもが利益を得るのだろうか。大企業は輸出を伸ばせるだろう。しかし、その富を公平に分配する制度は、ドイツにもギリシャにもない。

個人的には、今のギリシャの状態がもしかしたら、最良の選択だった可能性も考えるのだ。

通貨切り下げをして実質デフォルトしたギリシャなど、世界金融と言う鮫の前に投げ込まれた肉塊にしかならないだろうと。

ギリシャの窮状は日本に似ている。債務を言っているのではない。観光しか目立つ産業がない状態だ。

観光業(インバウンド)で稼いでいた現実は、コロナ禍で日本に不況をもたらした。

もし、日本に日本銀行と、世界最強通貨である円、そして、高度経済の頃から頑張って成し遂げてきた成長、それらがなかったら、きっとギリシャの離脱バージョンみたいな悲惨な経済情勢になっていただろうと自然に予測できる。

 

私が、一番共感できるのは、マルクスだ。

現代では、『新古典派経済学者』の影響を受けた政治家たちのせいで、BIや最低賃金の撤廃、そもそも賃金に対する低下圧力そ推進する政策、などの悪政が見受けられる。

全てが実現されているわけではない。しかし、これらが実現したら多くの、99%の日本人にとって、貧しい現実が待っているのは確かだ。

これは、大企業の寡占を助けるだけだと思うのだが、その競争力を増した大企業は世界と戦って行ける。

しかし、大企業が生き残っても、そこで生きている一般人や下請けの人達までも幸せにできないなら、その企業に価値はあるだろうか。

企業は利益を生み出す装置ではなく、そこに住む人の豊かさを叶える為に存在している。

私はそう思っている。だから、きっと、大企業寡占のこの時代に、ショートのポジを積むことに魅力を感じてしまうのだろう。

 

ところで、上記の本は、アダム・スミスマルクスケインズという、どちらかと言うと左派についてまとめて書かれた本だった。

多分、最初は右派だったが、後年右派と距離を保った経済学会の巨人がもう一人いるので、その人物とケインズについて書かれた興味深い本について、紹介しておきたい。

 

 個人的には、ケインズを語るなら同時代に生きたハイエクについては必要な知識だと思っている。是非、こっちも読んでいただきたい。正直、ハイエクが好きになるし、『新古典派』は好きになれなくても、『自由主義』は好きになれるし、ミルトン・フリードマンに受け継がれたと思われがちなハイエクだが、その理論の筋みたいなものは、全く違うと分かる。ハイエクも何冊か読んでいるのだが、『新古典派』が間違っていても、『自由主義』はケインズ学派を和解できると、確信できる(*‘ω‘ *)

 

更に、2008年に葬り去られる予定だった古い経済学概念を一望できる一冊がある。

上記二冊と合わせてこちらもお勧めしたい。

 

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

 

 この本に出てくる経済学理論の名前は、最初に紹介した、ケインズアダム・スミスマルクスについての比較本にも出てくる。こちらを読んでいると、その比較本が凄く読みやすい。

2008年直後に出た本だと思うが、その時点で葬り去れると思われたそれらの経済学理論は、結局は、金融緩和で生き残ったこの世界で、息を吹き返した。その姿をゾンビに喩えることができると思うが、このゾンビという概念も死にぞこないの企業について使うので、金融の皮肉だ。

 

この三冊を読めば、経済についてはほぼ完全に外観出来る。

 

新古典派新自由主義)』については、映す価値なしそっくりさん、という格付けでいいと思うので、読む必要は全くない。間違っているものの理解に時間を割くのは、それこそ、合理的でもなければ、効率的でもなく、その合理的見方で淘汰されるべきは、この間違った経済学理論なのだ。

 

今日は、ハーゲンダッツを食べた(*‘ω‘ *)

朝からハーゲンダッツとロシアケーキとアーモンドミルク入りの紅茶で粘っているw

音楽は、youtube musicの洋楽のミレニアムミックスを聞いている。

邦楽はほぼ全く聞かなくなったw

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ステーキをテイクアウトした話(*‘ω‘ *)

この日は少し外出してきた。

去年の暮れぐらいから読書に燃えているので、電車の中では常に本を読んでいる。

今読んでいるのは、アダム・スミスケインズマルクスの比較本だ。

以前、アダム・スミスの『国富論』を途中まで読んだことがあったのだが、最後の三巻目だけ残っているので、今の本が読み終わったら、そっちを読んでみようと思う。

 

この日記は、2021年1月14日に書いているのだが、起きた出来事は、13日のものであり、いつ投稿するのかは、決めていない。

現在株式市場の下落に賭けたポジを持っている。かなり自信がなく、この力強い株価上昇を思うに、間違ってしまったとの意識が強い。

 

近頃、本当に映画や本が面白い(*‘ω‘ *)

ブログも集中していると、Twitterをやらなくなるので、とてもいい。

 

この日は、メイクや髪型が比較的上手く行ったと思うので、是非見て欲しい。

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Twitterで見つけた、鬼滅の童磨くんのイメージで作られた二次創作アクセサリーのピアスをつけた。

これはお気に入りだ。紫の服にもとても合っていて、それも嬉しい。

カーディガンはユニクロだ。ユニクロでは、この形のカーディガンとジップアップボアパーカーの二つだけは好きで、好きな色が出る度に買いだめしている。

普段はヴィヴィアンとか着るし、この日もこの上にヴィヴィアンパーカーのを羽織ったが、多分、ユニクロのこの二種類と、グラニフだけは、安くても着続けるだろうなと思う。

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似合うんだもん(*‘ω‘ *)

それにシャネルもコルセットを脱いでボーダーを着た。リップはシャネルのダークレッドだ。

着心地の良い服装を求めて、ブランドから離れるのは、恐らく今後のトレンドになるだろうと思う。

私の近所だと、全身ブランドを着ている外国人転売ヤーか、財布だけヴィトンの貧乏人しかブランドは身に着けない。ブランドが金持ちのイメージと捉えられるのは、私服ではもう古いと思う。

ブランドに、そのエリートとしての価値を今一感じない(上記の人達のせいだろう…)。

裏社会系は、相変わらずブランドに五月蠅いが、低学歴が多い業界なので、そこも嫌だ。

 

インテリとして生きていきたい(*‘ω‘ *)

 

財布に高値出すの、奮発して財布だけ無理して買いました感があって凄く嫌だ。

でも、年収1000万程度の友人も財布と時計だかブランドだったりするので、この層って貧乏人なんだろうなって思う(*‘ω‘ *)

 

私は、階級差別はするし、フェミニストでも全ての女性が平等に幸せに…と願えない、ハリー・ポッターで言うところのスリザリン生的な性格の持ち主だ。

 

昨日Twitterで上がってきた盗撮に対する警戒を促す投稿…、個人的には、40代で腹も出て、その代わりアクシーズなんか着てるような気持ち悪いBBAがそのカメラに写っていて食欲失せたりしないのだろうか?と本気で思ってしまった。

フェミニズムというのは、女性を見た目で判断せず、全ての女性が性的消費されず、幸せになり、男性と平等の人生を歩めることを目指す。

これは、保守女性も同じだ。保守女性も、全ての女性が女性として男性に大事にされることを願っている。

 

しかし、この平等幻想に共感を覚えることが、私にはない。

仮に容貌や若さを武器に生きる世界であっても、私は損しないし、ウォール街でスーツを女性が着る時代でも、私は損しない。

 

そうなると、どうしても、醜い女性に対する見下しの意思と、働けない女性に対する見下しの意思が混在してしまうのだ。どうしようもない。私こそ、フェミニストとしては失格だと思う。

 

本来、人は、見た目など、努力でどうすることもできなく、生まれつきの特性であるようなものについて、他人を差別してはいけない。

しかし、数年前にとある女性をブスと言って傷つけてしまったことは、たまに申し訳なく感じる。

保守で、かつ、全ての女性の幸せを願わない、スリザリン生的保守の女性なら、こういう言葉もいいだろう。

しかし、フェミニストとしては言うべきではない。

フェミニズムに関する本を、去年12月に沢山読んで、とても反省してしまった。可哀相なことをした。

 

人を自分の優位を理由にむやみやたらに傷つけない為に、常に学び続けようと思う(*‘ω‘ *)

 

この日のステーキ、とても美味しかったです(*‘ω‘ *)

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『マネーショート』という映画をAmazonプライムで観てみた(*‘ω‘ *)

この日記も、書いた日に投稿されることはない。

暇な時にまとめて書いてあるのと、既に書き溜めが沢山あり、どの順に投稿するか悩んでいるからだ。

マネーショートを観たのは、2021年1月13日だ。

この日は一日出かけていて、忙しく、SNSなどはあまりやらなかった。とても良い一日であり、その日の夜にこの映画を観た。

 

マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

  • 発売日: 2016/06/22
  • メディア: Prime Video
 

 結論から書くと、是非見てもらいたいし、とても面白い映画だった。

もしかしたら、私がトレーダーだから面白く感じただけなのかも知れないし、出てくる専門用語は全て知っていた。

しかし、この映画はその難しい金融用語をコミカルに紹介してくれるという親切さがあった。紹介の部分はとても面白い。

でも、思うのは、私が(途中長いブランクがあるが)、初めて相場に触れたのは、2008年だった。その当時、空売りと言う言葉は知らなかったので、もしかしたら、ショート(売り)の意味すら分からない人間は結構いるかもしれない。

それでも、この映画なら、事前知識なしで観ることができる。

そして、当時のことを、関係者でなくても学ぶことができるのがいい。

 

内容について書いていきたい。

 

ここ3ヶ月で一番お勧めだ。

以下少しネタバレ(2008年の金融危機の話なので、結論は出ているのだが…)含むので、そういうのが苦手な人は、ここでブログを読むのをやめて頂きたい。

しかし、オタクの場合ネタバレに触れた方が作品を読破した時の満足度が上がるとの統計結果もあることも覚えていて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これの驚くべき点は、2006年前半の好景気の時点で、住宅市場に売りを浴びせようと考えた、変人が実際にいたという点だった。

数年前に、『ウォール街ランダムウォーク』という本を読んだことがあるのだが、その本に、ITバブルの際に、『高すぎる』『バブルだ』と見なして、株式市場を売って大損したファンドがかなりいたそうだ。

今読んでいるケインズやスミス、マルクスに関する本にも、『相場というのは、通常、その変動に耐えられないぐらい逆に行く』という格言があり、特に、空売りは難しい。

難しい理由については、トレードの技術的な話になるので、ここでは避ける。

 

この辺の事情を知っていると、『そのポジ持つのかwww』と凄く面白く見えて、住宅市場を最も好況の時に売ると言う行為が、ただの蛮行にしか見えない。あれは勇気とは言わない。

 

過言だが、私はアベノミクスの初期に、ドル円を売って、偶然中国でのPMIショックやテーパリング遅くなるなどの話が流れ、中国の金利が上がってしまい、多額の利益を出したことがある。

しかし、あれは運だった。

 

そう、この話も私から見たら運だ。

まず、当時のことを知っていると、『もし、こうだったら?』と疑問に思う点が一杯ある。

2007~2008年、原油が上がっていた。結果世界のインフレ率も高かった。俗にいうスタグフレーションだ。

結果、FRBは利上げをしていたのだ。そして、利下げが遅れた。個人的には、この経緯が株式市場の暴落に繋がったと思っている。

詳しく書かれた以下の本をついでに紹介しておく。

 

 この本を読んで、マネーショートを観れば2008年の知識はばっちりだと思う。

 

この映画の個人的に素晴らしかった点は、ポジが中々利益を生まない。この映画の世界では2年近く損失と動かないポジに耐えて保険料を払う羽目になり、ポジについて人に話す度に馬鹿にされるのを、我慢しなければならない。

そういう状況下での投資家の葛藤や、不安、それらが凄くリアリティのある描き方をされていたと思う。

 

私も、現在ショートのポジを持っているが、少し踏み上げを食らっている状態なので、不安だ。一気に落ちる予定だったのに、結構粘っているので、不安だ…(*‘ω‘ *)

 

そうなのだ。空売りに興味持った人間なら知っているが、株式市場にしろ、金融市場はどこもしぶとい。『高すぎる』で売っては絶対にダメなのだ。

高すぎるものは更に上がり、上がった後も慣性みたいなのが働いて高値で止まってしまう。

もし、住宅市場の空売りの為に、CDSを買うなら、持つべきは、2007年7月のBNPパリバショック以降にすべきだったと思うが、恐らく、この時点では十分に上がりすぎていたのかも知れない。実際、これだと遅すぎるのかも知れないが、その方がずっと安全なのだ。

だから、2006年で逆張りで入り、高値で損失に耐えて、莫大な利益を出した主人公たちは本当にカッコよかった(*‘ω‘ *)

 

4人(実際には3人)がCDSを買うことによって住宅市場に売りを浴びせるが、2人は先に利食ってしまい、最後まで残る1人は、リーマンが破綻した後も持ち続けたという凄さ…感激してしまった。

トレードの定石なら、最初の2人が正しい。

 

それでも、アメリカ社会を思うに悲しい一面も。

まず、空売りで成功する者たちとして出てくる主人公クラスの人間たちが、全員白人男性なのだ。

やはり、白人男性に生まれるのが有利だし、白人男性だと、Twitterでよく言われる、太い実家を持っている率も高まるのだなと思った。環境が良かったから努力できたと言われるかも知れない。

それでも、私はTwitterの環境を重んじる派たちが苦手だ。

彼らは日本人中間層~富裕層の富を日本人貧困層に分配することには熱心でも、白人男性の富には手を付けない、典型的な名誉白人だからだ。

 

そして、個人投資家の一人が、ジャーナリストの友達と話す時、『まだ実家で暮らしているのか?』と馬鹿にされるシーンがある。

ここには白人男性のホモソを感じ取った。

実家暮らしの賛否に興味はないが、そういう態度は取らない方が、全ての人間が幸せに生きられるようになる。

この手の馬鹿にされた男性が、女性に対して、『男性も大変なんだ』と突撃する例はネット内でいくらでもあるが、ジャーナリストの男性みたいな、ホモソで上手くやっているクズにそういうことは言ってもらいたい。所詮は男性が作った社会だ。

 

この映画に出てきた言葉には、共感できるものもあった。

 

正確にはもう覚えていないが、『人は、信頼できる人の言葉を信じて、結果や事実で人を判断しない。聞きたい言葉を聞く。』

これは、一見すると、バブルに気づかなかった金融機関に向けられている様にも見えるが、凄く強情な態度でショートをした主人公のHFに投資していた投資家に向けられていると思う。演出からしたらそうだ。

主人公は、400%以上の利益を出したが、その出す過程で投資家から信頼されることはなかった。結果を出しても、恐らくは、信頼が回復できたわけではなかったのだろう。

人間は、自分の好きな人の素晴らしい結果なら喜ぶが、昨日まで批判して、好きではなかった人の成功は喜ばない。それも、この映画が表したことではないだろうか。

 

とにかく、とても面白い映画だった。

 

原作の本がある。

 

 こっちは未読なのだが、もう映画観たから読む気は今一しない。

2016年に映画化されたのだが、2016年は、ポンドが主に下落して、世界の株式市場も不安定だった年だ。

そんな年に映画になったこの本、そして、コロナ禍で株式市場が不安定になるかも知れないこの時期に、Amazonプライム特典になったマネーショート。

 

世界経済の破綻の前奏曲になるのだろうか(*‘ω‘ *)

【チェーザレ 破壊の創造者】を読んで(*‘ω‘ *)

去年の7月に『東京卍リベンジャーズ』という漫画にはまってから、色々な漫画を試しに読んでみることが増え、それから急激に色々な漫画を全巻集めている。

Amazonレビューが少な目なのに、良作だと思った、こちらを今日は紹介しようと思う。

 

 表紙が美しいが華美ではないので、それはあまり読む気力が湧かない。

それでも、レオナルド・ダ・ヴィンチが、

 

『美しさは、突き詰めるとシンプルさに行きつく』

 

と言ったのを引いてこの表紙にしたのではないか?という気がした。

この漫画はチェーザレ・ボルジアと歴史上の人物をモデルにしている。私は、この人物について知らない。だから、この漫画が史実に忠実か?脚色されているか?ということは分からない。

正直に言うと、チェーザレ・ボルジアに興味が湧いたので、勉強してみようと思う(*‘ω‘ *)

 

レオナルド・ダ・ヴィンチは、あの様に言っていたが、絵は凄く美しいので、それを表した表紙にしていたら、Amazonレビューも300~600行ったのではないか?と思えてならないのが、非常に残念だ。

しかし、ルネサンスに対する作者の情熱を凄く感じる。

途中に中世の歴史に関する解説や、当時の美術品に関する解説が出てくるのだ。教養を深めたいけど、専門書はきつすぎる…そんな人間には、是非ともお勧めしたい。

私は、現在出ている最新刊まで全部kindleにダウンロードして読んだのだが、この漫画、脚色があるのではないか?と思えるのが、このブログで度々問題にしているジェンダー規範である。

 

ルネサンスであっても、極めてリベラルに描かれているのだ。

労働や経済、政治や宗教、これらについても、チェーザレ自身はリベラルな人物として描かれている。

レオナルド・ダ・ヴィンチメディチ家と交流のあった人物であっても、これだけリベラルだったら、現代でも急進派の一人になってしまうのではないか?と思った。
多分、作者がリベラルなのだろう。

私が今まで読んだ本の中で、保守だったのは、恐らくマルクスだけだろうw

話が逸れた(*‘ω‘ *)

 

中でも自立性を持って描かれている、ルクレツィアという女性については、見どころだと思っている。

女性は可愛く上品に、男性に気に入られるように、知識や教養など二の次。

そう教える年上の教育係や女性に逆らい、兄であるチェーザレの助言に従い、ラテン語や政治を学ぼうとしつつ、兄に再開できるなら教皇が死んでもいいと見なしているのだ。

とても、可愛らしい見た目で描かれているのだが、この性格と知性的な描かれ方が本当に素敵だ。

ルネサンスなんて古い時代に、こんな女性いたのだろうか。間違いなく脚色だろうと思う。

もし、今の日本にいても、ジェンダー平等急進派に含められてしまう(*‘ω‘ *)

私ももちろんジェンダー平等急進派だ(*‘ω‘ *)

 

多分、彼女が、この漫画のヒロインだろうと思う。

 

この漫画は、チェーザレが主人公なのか、チェーザレがピサで出会った設定のアンジェロというキャラクターが主人公なのか、正直分からない。

人物紹介を、漫画では一切読まない私のせいだろう…。

でも、アンジェロやルクレツィアの描かれ方からして、この作者は知性について、正しい認識を持っていると感じる。

チェーザレ自身も、貧民に職を与える重要性を意識していて、今で言うアメリカの民主党よりの思考回路だ。何度も言うが、当時の時代にそんな人いたのだろうか…。

でも、面白い。

ルクレツィアが一番美しいが、チェーザレも美しく描かれていて、スペインに自然と興味を持てるようになる。

私が海外旅行するとなると、長期になるので、副業を休職しないといけないが、スペインは是非とも行ってみたくなり、海外に興味を持つのは大学以来になったのが、この本だ。

スペインと言えば、チェーザレがアンジェロにオレンジを振る舞うシーンがあり、それが優雅に見えたので、親に紅まどんなを箱買いしてしまった(*‘ω‘ *)

当時、オレンジは珍しく、そういう珍しい食べ物を嗜んでいる様子は、凄く優雅に見えてしまう。

でも、北欧で流行りの虫料理のフルコース(一食6万)や、ブラジルだったかの、猫のクソの中から出てくる珈琲豆はお断りだ(*‘ω‘ *)

 

個人的には、チェーザレとミゲルの対等感のあるペアが好きだ。

古いパートナーや主従だと、ホモソが関わっていたり、どっちかがどっちかを癒しつつ守られる関係が一定程度あるのだが、私はそれが苦手だ。オタクなのにBLが基本苦手な理由もこれにある。同人誌は買う。稀に対等に描かれた神本があるからだ。

 

上手く言い表せないが、この二人の関係が主従を超えて、互いを支え合っている、そうなったエピソード(実話か創作か)が沢山出てくる。

ミゲルはユダヤ人なのだが、当時のヨーロッパでは差別があった。しかし、チェーザレやボルジア家は一切差別をしない。そこも凄くいい(流石にこれは実話だろう、歴史を勉強していると人種差別しない古い時代のリベラル派が一定程度出てくる)。

お陰で、BL的妄想は、男性が二人出てくるのに、一切する気がしない。そこが、またいい。近頃、日本のBLはジェンダー観が古いということに気づき、苦手になったからだ。

 

最終巻にはコンクラーベの話が出てくるが、こんな様子だったのか…と感心するほど詳しく載っている。システィーナ礼拝堂に行ったことあるのだが、行ったことある人間にとっては、特に夢中になって読める点だ。

 

質のいい漫画。その一言に尽きる。

絵は綺麗、調査されている、実際の史実に関係なくリベラル、主従が心理的に対等。

続きが凄く気になるし、続きが出るまでに、チェーザレ・ボルジアについて履修しておきたい(*‘ω‘ *)

 

ところで、今日はカフェに寄ってきた。キヌアサラダが美味しかった。クロワッサンサンドも最高だった。問題は、カフェラテ付きで、1400円しない安さだ。

安いから選んでいるのではない。好きだからだが、今月は、スイーツ無料券もらったので、もう一回行こうと思う(*‘ω‘ *)

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カフェラテは砂糖を入れました(*‘ω‘ *)

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面白かったのも合わなかったのも、映画を紹介(*‘ω‘ *)

この前のポジは、3万の利益で逃げた。実質的なトントンだった。

ところで、私はブログを暇な時に書き溜めているので、これが投稿される時、トレードの報告はタイムリーではない。

なので、トレードの話は基本ほとんどやめようかと思っている。

もしかしたら、これが最後になるかも知れない。

 

去年10月ぐらいだろうか、それぐらいから毎週映画を観ることにしている。

と言っても映画館に行くのではなくて、Amazonプライムだ。

いくつか、紹介していこうと思う。

 

【プロメア】

 

プロメア

プロメア

  • 発売日: 2020/05/24
  • メディア: Prime Video
 

 カラーが美しいと思って見たのだが、炎炎ノ消防隊というのとコンセプトは似ている。

と言っても、どっちが先に思い浮かぶかは、人によって大分違うと思う。

リオが中々好みだった。

個人的には、切実さがあって、必死さがあって、それでいて健気なキャラが、どの作品でも私は好きだったりする。

そして、見た目が女性的なのだ。

ただ、このアニメの嫌なところは、活躍する二人が両方とも男性だということだった。

その二人に、対等さの中にある何等かの絆的繋がりを期待しても、今一だった。

同性でも異性でも、そういう絆が好きな人には、今一合わないかも知れない。

この辺は、流石は日本の作品と言ったところだろう。

 

帰ってきたヒトラー

 

帰ってきたヒトラー(字幕版)

帰ってきたヒトラー(字幕版)

  • 発売日: 2016/12/23
  • メディア: Prime Video
 

 どちらかと言うとブラックジョークが分野だと思う。

冒頭から、あまりにもボケたことを言っているので、面白くて引き込まれて見てしまった。

ちなみに、ドイツ映画なのだが、ドイツ人はヒトラーをギャグにできるぐらいに戦争を反省していて、そして謝罪もしっかりと出来ているのだな、とそのお国柄が羨ましくなった。

日本人は戦争や当時の軍人を美化することはあっても、批判され、弾劾される、恥的な存在として笑い話にすることはできず、そんなことは、外でも言ったら批判されるから、自由なドイツが羨ましい。

そして、これは、当時のユーロ危機について詳しかったら凄く面白く観られる映画だ。

ドイツを含む欧州での極右の台頭、そして、極右の台頭を許してしまう欧州にまだヒトラーの影を追うリスクがあると警鐘を鳴らす映画だったと思う。

その意味では、完全なギャグではない。

 

【IN TIME】

 

In Time (字幕版)

In Time (字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

 この映画は、現代の社会情勢を見ると、現実味がない。

富裕層に生まれた女性が、スラムにいる男性に魅力を感じるだろうか。階級間での結婚が一般的ではない今の時代には、その意味では、リアリティがない。

しかし、別の見方ができる。

この映画は、ヒロインが父親の支配から逃れて自由に生きる道を探る映画と見ることもできる。

その意味では、家父長制(男尊女卑)に対するアンチテーゼになっている。

何も金持ちの男性との結婚を拒否することだけがフェミニズムではない。父親の言う通りに大人しく上品に可愛く生きることを、自らの意思で拒否する。その結果、優雅で金に困らない人生を放棄する。それも、女性の大事な自立だと思う。

話としては、近未来ロビンフット。

 

【アイ・フィール・プリティ】

 

 太っていた女性が、ダイエットして美しくなり、性格を変え人生を変える物語はよく聞く気がするが(しかし、アメリカ映画の場合、その見た目で手に入れた人生はおかしいと自問自答して元に戻る傾向がある)、太った見た目のまま、偶然により自分が絶世の美女だと思い込んで、性格も人生も変えていく、これは、そんな物語だ。

見た目が悪い時、婚活しようとしても、上手くいかない。

美人は羨ましいと、美人に言う。

しかし、自分が美しいと勘違いした結果、女性的な一面があり、一瞬ゲイでは?と疑いたくなるタイプだが、本当に女性に優しい素敵な彼氏を作り、仕事面でも、積極的に発言するようになり、難しいプロジェクトを任されるようになる。

それでも、最後にはその勘違いの魔法も解けてしまい、自らの意思と、太った自分を受け入れて舞台に立つヒロイン、正直感動した。

 

ダークナイト

 

ダークナイト (字幕版)

ダークナイト (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 一昨年【ジョーカー】を観たのだが、これは未視聴だった。意外に思われるかも知れない。

基本は、ヒーローものは好きではないのだ。

個人的には、あまり好きにはなれない。好きになれないと言う人の多くがジョーカーに嫌悪感を抱く傾向があるが、私はジョーカーには無関心だ。

強いて言うなら、1000億円貯めた後に、私もその札束を燃やしてみたい。

つい最近読んだ本に、経験価値と交換価値の比較があった。札束を燃やして人間の本性を悪いと決めつけ、それを表沙汰にしたがるジョーカーは、どちらかと言うと、経験価値を大事にするタイプかも知れない。

資本主義に対するアンチテーゼがはっきりと描かれた本作。それでも、民主主義が最後には否定されることなく勝利したのは、素晴らしいと思う。

コロナ禍で、自由が蔑ろにされがちな時代、民主的に決定するプロセスと自由には、より価値を持って生きたい。

 

セブンティーン・アゲイン

 

セブンティーン・アゲイン(字幕版)

セブンティーン・アゲイン(字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 こちらは、主人公が高校時代の姿に戻る話。

高校時代最後にした決断を悩み続けて、その後挫折の続いた主人公のやり直しを描く物語だ。

昨今日本で人気な転生物(人生をやり直す願望)に似ている。

しかし、転生物は読んだことないが、これは、ご想像通り最後は高校最後の決断が正しかったと戻る物語だ。これは、完全に予測がつく。

部門としては、ラブコメディだろう。

主人公が、高校の世界でなら、無敵の力を持っている点も転生物に似ている。

私個人は、この手の話は苦手だ。

やはり、小さな決断が積み重なり今になった。これ以上にいい今は過去の一回の間違いを正したからと得られる保証はない。今を如何にポジティブに生き、よりよい未来を作るか、人生は、過去をやり直さないと俯瞰できないものではないと思う。

 

ドラキュラZERO

 

ドラキュラZERO (字幕版)

ドラキュラZERO (字幕版)

  • 発売日: 2015/04/08
  • メディア: Prime Video
 

 

モデルはブラドという歴史上の人物。

面白かったかと問われると、夢中になって見られるし、ゴシック好きには美しいセットは楽しめる。

それでも、結局は男性の社会だな…と思うと私は少し気分が沈む。

この時代、所詮は女性は男性と結婚して子供を産むしかできなかったから、愛され守られても、虚しいと思ってしまう。

これは、観たことを忘れていて二回目の視聴になったのだが、一回目を観た時は、オスマントルコ等にはまっていたので、当時の歴史に詳しく、もっとワクワクしたと思う。

娯楽を楽しむには、一定の教養が必要で、知識があればあるだけエンタメが楽しくなり、それによって知性も深まる。確信した。

誰もが働いていて、その仕事をやめたくないと感じる幸福度の高い社会が必要だ(*‘ω‘ *)

私は、トレードに合わせて副業もしているのだが、3日もその副業を休むと、退屈に感じ、刺激がないと残念な気持ちになる。

私の職場は、幸いにも、男尊女卑ではない。

しかし、ほとんどの職場において、男性社会になっていて、女性にとっては働きにくいのは、事実だ。

 

以前、以下の様に言った女性がいた。

 

『どこの職場でも重い荷物を持っていたら男性が手伝ってくれるし、どこが男尊女卑なのか分からない。そう思うのは、容姿で損している人だけではないだろうか。』

 

当時、確かにどこの職場でも重い荷物は男性が持ってくれる傾向もあったので、この言葉の間違いが分からなかった。

しかし、フェミニズムについてしっかり学んだ私には、これの誤りがはっきりと分かる。

今の私なら言える。

 

『持って欲しいのは、荷物ではない。デートの度に奢ってくれて私の鞄を持ってくれたが、前はそれが当たり前だと思ったが、今はそんなこと望んでない。私の鞄を持つ暇があるなら、看護師や介護士で圧倒的に女性が多く、力仕事を女性の多数がしている現実に目を向けて欲しい。私の鞄を持ってレストランで奢るなら、その暇と金で、介護か看護に転職して、女性と仕事を交換してあげて欲しい。』

 

これが出来て初めて男女平等と言えるのではないだろうか。

 

それに、『容姿で損をしているから男女平等を求めるのではないか?』との一部の保守的な女性の反論は、男性社会に馴染みすぎている、一種名誉男性的なものだということも、フェミニズムを知る上で理解出来る様になった。

女性に美しくなって、男性との結婚を競って欲しい…それは、男性にあまりにも有利な社会の構築を助けるのではないか。そう思う。

この話は、あまりにも幼稚過ぎるので、私のブログでは、この辺にするが、看護や介護職については、もし男性の就労者が増えたら、それだけで給料が上がるのではないかと思っている。

コロナ禍で看護師のボーナスカットが問題になっているが、TVに出てくる看護師が、何故か全員女性だ。

社会には、男性看護師が多数の世界でも、女子を医学部受験の度に減点して男子を優遇する社会でなかったとしても、コロナ禍で看護師にボーナスを出さない社会を受け入れたのか、聞いてみたい。

 

思えば、上記の発言をする女性は、女性看護師が嫌いだったなと思い出した。

 

何故、今日この話をしたかと言うと、文章主の性格や性質を読み取る特技を持っているのだが、どうも、マルクスが、保守的なタイプだった気がしてならないのだ。

 

 

そのせいか、旧東側諸国と縁のある人は、ほぼ全員ジェンダー観が保守だったりする。

今の若い世代は分からないが、40代以上の存在には希望を持たない方がいい。

 

マルクス、自身は友人の金でブルジョワ的生活を送りながらプロレタリア革命を夢見た人物。

私も共産主義が好きだが、私の好きな共産主義は、No.6の世界やサイコパスの世界の共産主義だ。社会主義よりかも知れないが、その世界が好きである。

 

共産主義ソ連が目指したのは、その人に合った人生や職を尊重するとの意志があったみたいだが、女性は力仕事ができなくて、男性は力仕事ができる、女性は家庭が合っている等の価値観、現在資本主義の国家群では否定されつつある。

 

上にも書いたが、力仕事である看護や介護は女性が多い。

実際は、男性よりも女性が力仕事している現実があるのだ。

女性の場合、職がないと、専門学校に行って、看護・介護・保育に就こうとする意志を持つ人が結構いる。

それに、何かバイトを探そうとするのも、どちらかと言うと女性だ。

男性はニートになって、インフルエンサーになるなどの夢を持ち、夢破れて道を踏み外し、TVで犯罪者として報道されている例について、枚挙にいとまがない。

この辺で思うのである。

デートで鞄持つ癖に、自分は力仕事で働くのが嫌なのではないか?と。

女性でも持っていることも忘れる軽さの物は、積極的に持とうとする癖に、女性が社会の中で本当に持っている重荷については、一切手を出さない。

これを、男尊女卑と言わず、何と言うのだろうか。

そして、その女性たちが提供するサービスを安く買いたいからと、賃金を安値に設定する。

 

私は、この現実だけで、死ぬまで後数十年あるが、一生彼氏もいらないし、結婚もしたくないと、はっきりと言い切れる思いだ。

 

話が何度も逸れたが、ケインズの『一般理論』過去に読んでいるのだが、あれも大分脱線している印象なので、問題ない(*‘ω‘ *)

 

本当は、男性が看護や介護を女性の仕事と見なして就こうとしない社会ではなく、職に困った男性が、コロナ禍で必要としてもらえるならと、看護や介護をやろうと就活できて、そこで幸せに働ける社会こそ必要なのだろうと思う。

 

日本の職場環境は、ほとんどが男性社会。その中で、女性だからとキャリアアップが男性に対して後回しにされたり、化粧をマナーと押し付けられたり、ヒールを履かされたりする。

ホワイトカラーの職場でも雑用的な事務職はやはり女性が多い。

大学時代に、IT系の企業のデータ入力のバイトをしたことがあったのだが、管理職は全員男性だったが、その入力のバイトは全員女性で、私以外はフリーターと主婦だった。

こんな環境にいたら、多数の男性の横暴を我慢する社会にいるよりも、たった一人の男性の存在を我慢するだけでいい家庭に引き籠る為に、専業主婦になりたいって言いだす女性が、(過半数いないが)一定数は存在するのも自然だと、納得できてしまう。

 

話はまた戻るが、共産主義圏出身者にジェンダー観における保守が多い現象は、マルクスから来ているのではないかと真剣に考えるのだ。

 

個人的に言うと、私はプロレタリアに興味ない。

でも、マルクスの言説は夢があると思ってしまう。その説得力がある。

有名な言葉だけを引き抜いても、とても、感激してしまい、納得できるものがとても多い。

それでも、マルクスフェミニズムに貢献することは、ソ連を見れば、まずないと言い切れるので、近頃は支持できなくなってきているのだ。

実は、小学校の時にマルクスについて読んで以来ファンだったから悲しい。

 

それでも、当時のプロレタリアが搾取されていたか、私は知らないが(興味がないから調べたことがない)、プロレタリア的な人も幸せに生きるだけの賃金を確保すべきとの考えは、経済的に正しいと思う。

私は、その、白人男性プロレタリアだけではなく、女性の権利も訴えたいのだ。

マルクスには、白人男性プロレタリアに同情する意識はあっても、女性や有色人種の苦境について考える意識はなかったのではないかと、フェミニズムを学んだ後の私には思える。

 

私がこれを書いている今、トレードで、少し含み損を抱えている。

しかし、思うのだ。

仮に今回負けても間違いなく取り戻せる。そして、仮に全資産失っても私には副業があるし、その副業でまた資産はいくらでも作れる、と。

私に退場はない。お陰で、恐れも焦りもない。

 

その反面、市場や多くの金持ち、そして、親の金で質素に暮らすニートを見ていると、金を失って労働市場に戻る恐怖を抱えている面々が目に映る。

これは、おかしいのではないだろうか。

共産主義者の様に、株式の収支で生活するのが搾取だとか言うつもりはない。

しかし、相場が好きなら、金を失う恐怖があるのがおかしい。

そして、労働市場が生きていれば、金を失った後を心配するのもおかしい。

心配するのは、労働市場が、多くの人にとって過酷だからなのだ。

その点では、プロレタリアの窮状の改善を訴えたマルクスについて、同意する点が沢山ある。

今の資本主義社会は、全ての人間に金を失う恐怖を必要以上に与えている。

今日、500万の貯蓄があり、金は浪費していると言っている人も、その500万を一日で使うには、何か言い訳をつけて躊躇っているだろう。

でも、その人は、毎日1億円の収入があっても、その500万を躊躇うだろうか。

私の母の友人は、彼女の夫から500万の鞄をもらったが、その家には、500万は端金だ。

 

行動経済学だったかの文献で読んだのだが、自分が弱者だった時にも生きやすい社会を求めないといけない。

人には、自分が強者である限り、弱者にならないと思い込むバグがある(行動経済学)。

 

アダム・スミスが言っていたのだが、労働によって人は資産を作れる。

しかし、相場の格言では、それを常に一瞬で失う可能性を示唆したものが多数ある。

失っても取り戻すには、生活が保障された賃金がある労働市場が必要なのだ。

 

マルクス以降では、個人的には、労働組合が人類の幸福の為に最大の発明の一つだと、私は思っている。

彼らのお陰で労働市場での賃金低下圧力はかなり緩和されるし、凄く遅いペースだが、100年~200年をかけて、労働者の生活は改善される傾向にはあるし、労働条件もどんどん良くなっている。

 

私の副業は、幸いにも、女性にとって働きやすい職場である。

その代わり、男性が重い荷物を持ってくれることはない。

しかし、女性にも男性と同じ責任を求めて、女性でも失敗したら叱責される。

荷物を持ってもらえるなら、男性よりも少ない賃金でいい。本気でそう思うのだろうか。

総合職が全員男性で、一般職が全員女性で、その女性たちは、結婚の為にいつか仕事を辞めて家庭に入る。この社会は、本当に、様々な有事の際に、全ての人に幸福をもたらすだろうか。

それは、結婚にあぶれる男性には幸福かも知れないが、金がないから、社会が過酷だからと、結婚を選ばなければいけなかった女性たちは、救われない。

 

男性と同じ条件でキャリアアップできて、正社員で働いていたら、そんなに結婚したいと思うか?正直に、そう思う。

雇用機会の平等、これは、マルクスの言うプロレタリアにだけ与えられる権利ではなく、女性にも与えられるべきだろう。

 

フェミニズムは自由の為に学問だ。

一度学べば、二度と逆の思想にはならない。

就職後、男性優位の社会に絶望して、男女平等を望んだ女性たちも、フェミニズムは知ることがなかった人がほとんどだと思う。中学校で必修にして欲しい(*‘ω‘ *)

 

最後に、フェミニズムの本を二冊紹介していく。(アフィはやってません)

 

 こちらは、日本人の文献なのに、経済や思想は外国人の物しか読まない私にも、素晴らしい入門書だった。

 

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

 

 この本は、スピーチに加筆されたものなので、上の本を読んだ後に読むと、背景が分かる。

個人的には、ナイジェリアと日本のジェンダーギャップが同レベルかも知れないと、思えた一冊だった。