ダウ平均の暴落を願うドル売り日記

暴落を願うトレーダーの日常と相場の話。本命はドル売り(*‘ω‘ *)他にも本の紹介などできたら。

トレードにおいて、過去を最善の選択だったと認めることの難しさ(*‘ω‘ *)

1週間で資産が2倍になった。それもこれも、ここ2日、予測が当たっている為だ。

 

しかし、これもうダメだろと思ったドル円が今、この瞬間、更に下がりそうなのだ。早めの利食いを後悔しそうだ。

しかし、そういうことは、トレードではよくある。

利食いした時には、その下がる部分のチャートは、まだ画面に描かれていない。

その下がるチャートが描かれるまでは、利食いは最善の選択だったはずなのだ。それでも、何か見落としがあったのではないかと、落ち込み、その落ち込みは、得られなかった幻想の利益を生み出し、次回トレードでの焦りに繋がってしまう。

 

それで、漠然と思ったのだが、トレードで1億作る人、それも、短期間で作る人って、自己肯定感が高いのではないかと思った。

 

あの時ベストを尽くした。あの時の次元に置いて、最高の利益を獲得した。そんな自分を心から認めることが出来る人が、1億作るのかもしれないと思ったのだ。

 

私自身は、トレードに精神性は必要なのか、技術だけで勝ち抜けるのか、未だに答えを出せていない。

やっぱり、逃した利益に対する焦りは、次回トレードでの冷静さを失わせる効果があると思う。

それでも、そんな気持ちがあったとしても、チャートが思い通りのところに来ないとエントリーしない様にしていたら、焦りは問題なくなるという一面も確かにある。

もしかしたら、この二つの間で悩むのは、私の技術がまだまだ未熟だからかも知れない。

このブログで予測を始めた2月、コロナ暴落で爆益になった3月、それらの時期に比べたら、焦りを感じることもなく、淡々と、チャートのルールに従ってエントリーできることが増えている。正確には、ブログで定めたルールをまずもって守れるようになっている。

ブログの予測を当てる技術も前進が見られる。

 

2月頃、相場が気になって読書やゲームがままならなくて困ったことが度々あった。しかし、今ではそういうことはなくなった。必要な時だけ相場を見て、ある程度満足したら、趣味を楽しんでいる。

当時願ったのが、趣味が充実したら、楽しさについて相場に依存する面がなくなる。そうなれば、利益が出る、だった。

しかし、現実は、トレードや予測の技術を上げることによって、爆発的な利益を生むようになった。

 

ところで、私は、ファンダメンタルズの予測を外したことがない。

しかし、ファンダメンタルズの場合、この状況があるからいつか落ちる等は分かるのだが、それがいつかは当てられないことが分かったのだ。その結果、ここではテクニカルの予測をするようになっている。

 

過去には、ファンダメンタルズの予測から、スイスフランショックやチャイナショック、ブレグジットで儲けて、結果、今デイトレードを研究する資金になっている。

 

今のファンダメンタルズの予測は、コロナによる生活の変化は、仮にコロナのワクチンが開発されても長く残り、結果として、株式市場が企業の入れ替えをしないと高値を維持できなくなる。直近なら、最安値、日経平均で言えば7000円まで落ちるというものだ。

 

ブレグジットの時は、持っていたポンドショートを半年ぐらい持った。

スイスフランショックの時は、その日の内に利食いをした。

これらの判断は、後々から見て、完全に正しかったわけだが、どうやって区別したのかは、自分でも分からない。

これをはっきりさせる為に、このブログでテクニカルについて分析している。

まぐれで得た大金を的確に投資したいから、全資産は全く賭けていない。それでも、いずれは全資産を投資したいと思っている。

その為には、精神性も、技術も、磨くしかないのだ。

 

ところで、今この話をしたのは、ドル円のショートやダウ平均のショート、日経平均のショートを、ホールドしないで日足単位で利食っていること、これが正しいのか分からなくなるのだ。

スイスフランショックの時は確かにその日の内に利食った。しかし、ブレグジットは半年ぐらい持ったからこそ、より大きな利益が得られた。

日経平均の7000円までの暴落を見据えるなら、ドル円ショートと日経平均のショートは、半年のスパンで持ってしかるべきである。

今も長期で持っているポジはある。

国内口座の人民元売りだ。

 

ただ、暴落そのものは、数年に一度の現象なので、それを全部持ち越すか、途中で利食うかの答えを完全に出すには、一生がかかるだろうと思う。

 

しかし、私のブログのスタイルは、その日の日足の形を予測する面があるので、まだまだ持ち越しを一般化するのは難しいだろう(*‘ω‘ *)