ダウ平均の暴落を願うドル売り日記

暴落を願うトレーダーの日常と相場の話。本命はドル売り(*‘ω‘ *)他にも本の紹介などできたら。

【読書】『2025年、人は『買い物』をしなくなる』を読んでみた(*‘ω‘ *)

『2025年、人は『買い物』をしなくなる』を読んでみた。

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この本、電車に乗っていた時に広告で気になってダウンロードしてみた。内容は面白かったか?というとそこまででもない。

それと、この題名だと、買い物をしなくなって結果的に消費市場が落ち込むイメージを持ってしまいそうだ。実際、私もそっちのイメージでこれを買った。

しかし、内容は、人がミニマリスト化していく可能性がある…、という話のようだ。

 

この本によると、現代の人は、買い物を面倒なものと捉えているという指摘だった。

 

しかし、それはどうだろうか。

 

私は、FXだけで億を稼ぐ様になったら、一日外に出てデパートで高級品を買いあさり、高い化粧品を使って、お洒落なカフェで昼食を食べ、予約した高級レストランで夕食を食べる。

しかし、毎日これだと太るので、週に4~5日はジムに通って自分磨きをしつつ、健康的な物を食べる。

こういう生活をしたいと思っている。

 

ミニマリストしていく背景には、貧困化が関わっているのではないかと思う。

貧困化した結果、住宅が狭くなっているのだ。

もし、住宅が広かったら、本をいくらでも置ける書斎も設けたい人はいくらでもいるだろう。

 

こう思ってしまうのは、私が2008年前のバブルの恩恵を受けた人間だからだろうか。

 

しかし、その一方で、この本にあった指摘、『選択肢を少なくして、迷うなら自分の時間を大切にしたい人が増えている』という点には納得だ。

 

ここのところの傾向だが、私は、コロナで自粛生活をするようになって、家で音楽聴きながらブログを書いたり読書したりする時間も楽しいと感じる様になっている。

そして、欲しいものは大体決まっていて通販でそれは手に入る。それなら、家で快適に過ごしたいと言うのも一理ある。

私の家からは、電車で移動しないと、カフェやデパートには行けない。ショッピングモールもない。精々あるのは、コンビニとスーパーだけだ。

ショッピングやカフェ巡りは楽しい。しかし、移動が苦痛で億劫なのは、事実なのだ。

 

この本は、コロナ前に出たものだ。

 

しかし、この本に書かれた、『移動せず家で快適に過ごす需要が増し、その結果、買い物に行く人は減るだろう』との見方、加速されたのではないかと思う。

 

コロナの影響で、自粛を迫られ、テレワークになり、イベントがなくなり、寧ろ生活しやすくなって快適に感じている人も一定程度いるのは、Twitterから分かる。

 

私も度々ブログで触れるが、今のオタクは忙しい。追うべきコンテンツが多すぎるからだ。

スマホゲームも三つ以上やりつつ、漫画の新刊をチェックして、huluなどで新しいアニメを見る。正直、全部はやり切れない。しかし、結果として、外出しなくても楽しく過ごせる環境は十二分に整っている。同人誌もBOOTHで買うことができる。とらのあなも通販対応してくれている。これで暇をするオタクはオタクではないだろうw

 

ちなみに、私は、これにトレードの時間と読書で勉強する時間が必要になっているので、実質的には、漫画は新刊が出てもチェックできない状態が、ここ2週間程度続いている。鬼滅の刃が読めないのが悩ましい。

 

それでも、この著者の『悩む時間が苦痛に感じる若者が増えている』という主張には同意だ。私にとって、結構苦しい時間が、huluなどの動画サイトでどのアニメを先に見るかを決める為の意思決定時間だったりするのだ。

アニメの数も増えているので、どれを先に見たらいいか分からない。もう少し、貴方に合うのはこれですよってお勧めしてくれたら楽なのになと思う。

 

それでも、ゲームをする時は新しいゲームを追ってしまう。

 

しかし、それも、Twitterの噂話などを参考にゲームを決めている。

刀剣乱舞を勧めてくれたのもSNSの友達だったし、ツイステッドワンダーランドを始めたきっかけもTwitterで話題になったからだ。鬼滅の刃を見たきっかけもTwitterだ。

そして、Twitterで話題になる化粧品を結構買ってしまっている。

 

この本にも、インフルエンサーマーケティングは今後も増えるだろうとあった。

今の若い人は、CMを信用しないらしい。私もCMは、覚えていない。しかし、インフルエンサーの人達が何を勧めていたかは、案外覚えている。そして、買っている。その傾向は、今後益々強まると予測されている。

 

この様に、選択肢を減らすことを目指して生きている人はかなり増えているらしいし、気づけば私もそうだ。

 

そして、過去に、『行動経済学』の本で、『人は選択肢が多いと失敗もするし、選べない』と読んだことがある。正しい選択を絞って勧めてもらうことに快適さを感じるのは、人の本能の様なのだ。

 

買い物とは、迷うことを楽しむプロセスである。

 

それが面倒に感じられるようになったのは、家で過ごしても楽しめる娯楽が俗に言うITタイプの企業から沢山提供されるようになったからではないか。

 

結局は、選ばれているのだと言う気がする。

 

既存の実物企業の提供する商品から、PCやスマホで楽しめる娯楽を提供する企業の商品へと…。

 

しかし、私自身のことを言えば、スマホを持ったのは、2016年だし、その内2017~2018年後半までは、大して使ってない。kindleを買ったのもの、2019年夏だ。huluを楽しむ様になったのも、ここ1年程度。

正直に言うと、このネット生活に慣れるのにも、かなりの時間がかかった。

 

その一方で、思う。

 

今の学生で、タブレットを持っている人を見るのだ。

 

私が学生の時は、手書きでもPCでもどちらでも良かったが、基本的には、手書きのレポートの受付があった。

しかし、タブレットを持ち、SNSに親しみ、動画配信サイトで学び、スマホでゲームをする。そういう時代に学生が出来たら楽しかったのではないかと。

 

『ファクトフルネス』という本で読んだが、時代はどんどん良くなっているという印象だ。

しかし、その一方で、Twitterコンサルタントの書き込みによれば、『ネットが普及した1990年代、スマホが普及した2000年代、AIが普及した2010年代、GDPの伸びは鈍化している』らしい。

そこに、『ブレイクアウトネイションズ』という本の引用を用いると、『中国は衰退するだろう。しかし、衰退しても、蛇ではなく龍なので十分に成長が大きく感じる』。

 

つまり、急成長はないが、その反面、先進国では、元のGDPが大きい。そのGDPは龍のごとく腐っても大きな死体なので、腐るに時間がかかる。結果として、良くなっていくようには感じる。そういうことではないだろうか。

 

そして、この本にもあったように、多くの人は、今後成長の量よりも質を重視していくだろうと思う。

『24時間戦えますか』のスローガン通りではなく、働く日数を減らしても生きていけるなら、自由な時間が欲しい。そう思う人は増えていくのではないかと思う。

しかし、そんな私は、2008年前の不動産バブルの旨味を味わった人間なので、働く時間を増やして更なる金を欲する傾向がある。生活はきっと、多くの人の間で選べるようになるのだろう。

 

私自身、ITが発達したスマホとPCとサブスクの世界に慣れ親しむのに時間がかかったが、慣れたら豊かになったと感じる。

 

世間も徐々にその、ミニマリスト化する世界に親しんでいくだろう。この本はそういう内容だった(*‘ω‘ *)