ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

暴落を願うトレーダーの日常と相場の話。本命はドル売り(*‘ω‘ *)他にも本の紹介などできたら。

【日常】毒親育ちにトレードは向かないのか?(*‘ω‘ *)【心理?】

まず、相場の話はするけど、テクニカルやファンダメンタルズを使った予測は一切行いません。

本日(8月5日)の予測は、これの一個前のブログにあります。予測を読みに来た人は、このブログは一切読まず、一個前の記事を見て下さい。

真面目に相場の話をしたい場合、このブログは楽しい内容ではありません。

でも、興味を持ってくれる人がいたら、それはそれで嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、毒親育ちだ。でも、相場で勝てないわけではない。

しかし、相場で損失を受けた時、また、儲けを逃した時、何か、親とすれ違った時に感じた痛みと同じものを思い出すのだ。

全く痛まないようになりたい。その為に、禅や仏教の知識や体型に興味を持っている。

 

それは置いといて。

 

私は、毒親育ちだけど、親と上手くやって行けているので、幼少期の生育環境が悪かったから、大人になって躓きやすくなったとか、ナイーブになったなどの意見を言う毒親育ちに一切同情する気はない。

 

近頃、自分の気持ちとして気づいたのだが、私は案外ブラック企業体質なところがありそうだ。自分がこれだけ一人で頑張ったのだから、貴方も頑張れるはず、みたいな見方をしてしまう。その上で、頑張った人が何故、その小さな努力すらしない人を助けないといけないのか?と素で思ってしまうことがあるのだ。

人当たりは穏やかでいる様に気を付けている。しかし、どこかで、この冷たい態度は顔を出しているかも知れない。

 

少し話が逸れてしまった。

 

毒親育ちで、親と上手くやって行けるか?は、どれだけ親の言動を流せるか?が勝負になっていると思う。親に何か言われて、それについて考えてしまう、または、反論してしまう。そうすると、エネルギーを使う。エネルギーを使うと気持ちも落ち込んでしまう。落ち込むと鬱状態になる、みたいなループにはまると結構苦しい。

 

しかし、反論したり考えてりする人ってどういう人だろうと考えてみると、特に何か言い返したり、理解を求めるタイプ。親を女神か何かと勘違いしているのではないだろうか。

親も一人の人間だ。未熟な一面が数ある。それに、理解を求めるのは危険だ。

理解の求め方が、透明な現実のありのままになる可能性は極めて低いと感じる。

ここの理解は、トレードにも役に立つと思う。

 

トレードの場合は、負けるとどうしても近視眼的になってしまう。

その結果、上位足での判断や、『相場の流れ』『相場の順序』、そういうものが見えなくなってしまう。結果、その前後2~3本、最悪の場合、負けた次の足1本分のローソク足しか目に入らなくなってしまうのだ。

 

毒親育ちで、元々昇華で来ていたわけではない私も、この感覚は、親とのコミュニケーションで覚えがある。

理解を求める時、私たちはどうするだろうか。

言っていることをそのまま、ありのまま認めて欲しい。ありのままの自分を見て、その通りに理解して欲しい。

しかし、この『ありのまま』というのは、自分の見ているフィルターが通されている。自分が頭でありのままを定義している以上、そのありのままは、透明な現実そのものではないのだ。

もしかしたら、毒親の捉える貴方の方が正しい場合もあるかも知れない。

 

儲かっている時、どうだろうか。

 

多分相場を自然に、力を抜いて、気楽に、そんな感じに捉えることができているのではないだろうか。相場に反感を抱くこともなく。

しかし、連敗が続くと、何か反感の様な感情を持ってしまう。

 

これらの根底には、『親はありのままの自分を愛し、適切に子育てしてくれるはず』『相場は、真面目に向き合っている自分に利益をくれるはず』みたいな先入観がある。

この時点で、向かい合う相手を、『ありのまま』は、捉えられなくなっている。

 

私が、毒親育ちだから分かるが、毒親に対する適切な対処を身に着けることは、相場で勝ち抜く心理を磨くと思う。

 

寧ろ、毒親育ちが、毒親の呪縛から解放されていなかったら、どう言う結果を招くだろうか。

 

私個人の感覚としては、コンプレックスや過去へのこだわりのある人は、相場では勝てないと思う。

 

やはり、現実認識が歪んでしまう。

 

相場をやっていると、自分は現実を客観的に、透明なフィルターで見られているか。自分の精神レベルは適切か?など、常に自問自答するものだ。

相場でこれらが出来ているなら、毒親に対する対処もできるようになっているはずだ。

 

昨今の心理学では、『育つ中で、親に否定され続けたので、自己肯定感が育ってなく、それが躓きやすい原因になっている』などと言われることもある。

私は、この見解について、否定的だ。

 

ハッキリ言おう。毒親を理由で躓く人は、怠惰だと思う。

逃げる努力、戦う努力、受け流す努力、昇華する努力、そのすべてを怠った怠け者。

 

それに、これらの人生の障害が、生育環境にあるとする見方、自分の失敗を人のせいにするみたいで、私は好きになれない。自己肯定感を持てない理由を親のせいにする見方にも、賛同できない。

 

こういう見方が支持される背景には、『自分は生育環境さえよければ、もっと良い人生を有意義に歩めたはずだ』みたいな思い上がりがあると感じる。

でも、これは、自尊心の過大化ではないだろうか。

一部の精神病の人にも見受けられるのである。客観的に見て大したことない人に限って、人と比べる頻度もない程引きこもっている為に、自己を過大に評価する例。

それと、同じものに感じる。

こういう人は、相場で負けても、本来なら自分は金持ちになれるはずだ、みたいな思い込みを持つのではないだろうか。

 

確かに、相場で負ける時と、親に否定的な言動をされた時の心の痛みは似ている。

 

でも、そういう時、相場から金が欲しくて、何度もトレードして勝てた試しがある人は、一握りだと思う。

スポーツ漫画などでは、負けの雰囲気が濃くなった時、流れを変えたいと、闇雲にチャレンジしつつも幸運に恵まれることはある。しかし、現実にはないのだ。

同じように、子供をありのまま愛して適切に子育てできる親というのもいない。

そして、負けた状態で連続チャレンジして大儲けできる相場というのも存在しない。

 

現実をありのまま捉えて、それに向かい合う。

それがそもそもできていない、毒親育ちのトレーダーがいると思う。

この通り、親に求める完璧さを自身が満たせてない場合がほとんどだ。

 

親は子供を選べるけど、子供は親を選べない。これも間違いだ。

互いに選ぶことはできない。

親なら、子供が健康であって欲しい、勉強ができて欲しい、将来が安泰であって欲しい、いじめに遭ったり不登校にならないで欲しい、等々、思うものだが、これは親のコントロールできることではない。その意味で、親ですら、子供は選べない。

それなのに、これを無条件で愛して適切に育てよ、そんなのは、無理なのだ。

貴方がトレードで連勝できないのと同じだ。

 

毒親育ちは、この辺のことを理解しない限り、相場で連勝することも、利を伸ばすことも、相場での勝利で、今日までの失敗や親の与えた虚無感を清算することも、全て不可能だ。

 

毒親育ちは、その不利を補う為に、心理面を強化することで、トレードに向く人間になるだろう。しかし、今の境遇、育った境遇、それらを理解して欲しいなどと思ったり、自分の失敗を全て毒親のせいにしている時点では、トレードで勝つことは、絶対にできない。

貴方から利益を奪う相場の姿は、毒親の圧迫等と似て映ることがある。

 

相場と親なら、相場が難しい。

まずは、親を理解し、親を受け流せるようになろう。その努力なくして、相場では勝てない。

 

きっと生育環境を恨むタイプの人間は、このブログを読んでも無駄だ。

ブログの予測は外れることがある。

その時に、トレードしないことが簡単にできるが、外れた相場を許せないはずだ。

相場が思い通りに動くはずと思ってしまっているのだ。

しかし、相場も親も思い通りにはならない。

 

ありのままの自分を愛し自由に生きさせて欲しい。

そう思うなら、ありのままの自分は親の捉えている自分であり、自由に生きると失敗する可能性が予測されており、それらを解消しない限り、親には不安しかなく、結果、貴方のフィルターを通した自己評価の高い貴方の像は、愛されない。一度、このように理解してみて欲しい。

それができたら、相場でも少しお金が得られるようになるだろう。

 

相場とは、こういうタイプの修行の場でもあると思っている。