ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

暴落を願うトレーダーの日常と相場の話。本命はドル売り(*‘ω‘ *)他にも本の紹介などできたら。

【日常】ベジタリアンを一時的に挫折(*‘ω‘ *)【トレードの話なし】

トレードの話はなしです。

正直副業が忙しくなってきているので、トレードの予測はもう当分しないかも知れません。

デイトレードができなくなるので、スイングに切り替えます。

私自身はスイングの方がパフォーマンスはいいんですが、ここ1年デイトレードの研究だけやっていたせいで、何か慣れないものがあります。

ここは日常の話になるので、ブログタイトル読んでトレードのブログだと思った人は、この時点で読むのをやめてください。

日常会話程度のトレードの話しかしません。

 

 

 

昨日は、マヌルネコのドキュメンタリーを見ていた。

私自身は、1年前まで愛犬と一緒に暮らしていたが、その愛犬は1年前に旅立った。

愛犬の旅立ちは本当に辛かった。今でもたまに愛犬が夢に出てくる。

そのせいか、動物が凄く好きだ。動物が可愛い。動物が好きだから動物愛護の観点からのベジタリアンに挑戦している。しかし、土日の副業が忙しい時はスタミナつけたいとの理由から動物性食材を摂るし、大豆と野菜だけの単調な食事が嫌になり、たまに動物性食材を食べてしまっている。

しかし、その中で牛の円らな瞳とかを思い出し、可哀相になる。近頃は、鶏の食感などが少し嫌になりつつある。

やっぱり、その食べる動物をどうでもいいと思えたら食べられるが、自分と平等に生きる大切な命だと思うと、食べることはできない。

 

このブログを書いている今日、火曜日も、カツオのたたきを食べる予定だが、明日からはベジタリアンに戻ろうかと思っている。

明日は出かける予定があるのだが、ベジタリアンを一時的にやめたので、ステーキかサーモンを食べたい思いがしたが、やはり、可哀相という気持ちとの間で綱引きになってしまう。

 

ただ、このベジタリアンが苦手になる傾向について少し考えてみた。

 

私は、2年前に鬱病になり、それから回復の為に生活リズムを見直して治療に入った。

 

しかし、確かに鬱だった期間は1年程度だと思うが、治った後も疲れやすさなど色々な残滓だと思える症状が残った。

それでも、鬱になりやすさなどは、そもそも中学生ぐらいからあったのではないかと思うのだ。性格的な歪みもその頃からあったと思う。その結果、10年ぐらいは鬱気味だったのではないかと思う。

その功名か、数年前はベジタリアンができたが、その理由というのが、何を食べても特別美味しいと感じず、毎日大豆とサラダの生活で全然飽きなかったというものだ。

 

鬱になると味覚などがあまりなくなるというか、ご飯が美味しいと感じなくなる現象があるみたいだが、私は、はっきりと、『それがない』と思っていたのだ。

しかし、10年近く味覚のない世界で生きていたとしたら、ここ1年の深めの鬱でそれを自覚することもないだろうと思う。

10年間は、鬱気味ではあったけど、治療の必要な程ではなく、落ち込みなどもあまりなかった。

勉強もスポーツもできたし、美的センスの下落もなく、トレードでも好成績を収めていた。違和感があることは結構あったが、それでも、私生活に支障がなかったので、そのままにしていたのだ。

しかし、1年前に、落ち込みが酷くそれによる雑念というか、暗い気持ちがあり、無気力になりと、色々と耐えられない状態になるきっかけの事件があり、それを期に鬱病の診断を受け、治療に当たった。

その結果、味覚が戻ってきたように見える。今までが白黒の世界で生きていたみたいで、世界に色が戻ったのは、ここ1~2年の現象だ。

もう、いつから色がなかったのか、覚えていない。

しかし、その色のなかった期間の影響が残っているのか、色々なことをストイックに取り組みすぎるというきらいがある。しかし、目標にコミットするのに、この点は長所だと思っている。

 

そして、色が戻った為に、ベジタリアンができにくくなった。

毎日大豆とサラダでは、少し飽きてしまうのだ。この感覚は、ここ10年なかったので、正直驚いている。

 

昨日は、昼まではベジタリアンをする気満々だった。昼は、茶そばを食べた。

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そして、金曜日の昼は、サラダと担々麺を食べたのだが、担々麺の写真が何故か保存されなかった。担々麺は、グルテンフリーのオーガニックの麺を使い、オーガニックの大豆ミートで作り、調味料も台湾の香辛料などを使い、全てベジタリアンアレンジで作った。かなり美味しかったので写真が残っていないのが、悔やまれる。

この通り、昨日の昼までは、ベジタリアンを頑張っていた。

しかし、昨日の夜に、こうしたさっぱりした食事に飽きたという感覚を覚え、無性に刺身が食べたくなってしまったのだ。結果、鯵の刺身を食べた。

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美味しかったが、やはり罪悪感を感じてしまう。

数年前、ベジタリアンをしていた時は、ほ乳類は可哀相だと思ったが、魚類はそうでもなかったのだが、近頃は、魚も可愛いと思ってしまう。結果、魚も可哀相だ。

今日もカツオのたたきにする予定だが、明日からは絶対的にベジタリアンを頑張ろうと思う。完全ベジタリアンになるには、数年がかかりそうだ。

 

ところで、冒頭にも触れたが、昨日は、マヌルネコのドキュメンタリーを見ていた。

可愛かった。そして、健気に生きる姿に涙が出そうになった。

私は、よく、Twitterで動物の写真を探しているのだが、飼われている動物よりも、目がキラキラしているのだ。やはり、野生の世界で自由に生きるというのはいいものなのだなと思った。

私の愛犬は、当時ホームセンターで衝動買いしてしまったのだが、小さい頃から母親から引き離されて辛い思いを下だろうなと思うと、可哀相でならない。

 

この前、Twitterで、『人間の三大欲求は、食欲、睡眠欲、性欲だけど、昨今の研究では性欲よりも強い欲求が確認されており、それは、退屈を紛らわせる欲であり、今の日本では、この産業が一番発達している。』『退屈すると、人は子供を作りたくなるが、そうでないと、作らない』などのボイスが拡散されてきた。

 

人間の家で衣食住が保証されても、遊べる内容に限りのある座敷犬。さぞかし退屈なのではないか?と心配になった。

やはり、鷲に食べられる危険があるが、それでも野生で生きた方が楽しいのだろう。

 

ニートにも言えるのではないだろうか。

 

FXやその他の不労所得で月数十万~数百万稼げるならいい。

しかし、5万程度稼いで親に小遣いをもらい実家暮らしで、プライドが高いからバイトもしない。そんな座敷人間みたいな生活をしていたら、目は輝かないだろうと思う。

やはり、ニートだと容姿の劣っている人間ばかりな印象がある。

 

過去に、私が公式の場で書いた文章で、容姿に関するものがあった。

 

『私は、容姿が全てだと思います。容姿の良さで、人は外に出て他人と交わろうと思う。そして、容姿が良ければ他に欠点があっても少しは甘く見て貰える。実際に、犯罪者を対象にアメリカで行った実験によれば、美容整形をしたグループと職業訓練をしたグループでは美容整形組の方が、出所後の定職率が高かった。見た目が悪かったら外に出たい、働きたい、そうは思わないだろう。』という内容のものだ。

 

ニートになる人間で、外に出て見た目で得した過去を持つものは、あまりいないのではないかと思う。

美人のニートを一人知っているが、彼女も、度々水商売のヘルプで金を稼いでいる。

その手間を惜しむニートはプライドが高いのもあるが、もう、その容姿のせいで外に出てぞんざいに扱われたりするのが嫌になっているのではないかと思う。

やはり、外でそれなりに扱われると、それが気持ちがいいので、ある程度収入があっても、不労所得だけとは考えないフェーズが若い間には、ある気がする。もちろん、数百万の所得があれば、別である。

 

5万程度の所得の引きこもりって、言わば、『家畜』だよな、と昨日のドキュメンタリー見ながら思い、可哀相になってしまった。

 

動物も人間も、ある程度のリスクのある環境で、程よいストレスを感じて、他人に評価されつつ、自由に生きるのが、本当の意味で楽しいのではないかと思う。

やはり、5万の所得で5万程度の小遣いを親から貰い実家暮らし、それは、鷲を怖がって野生で生きない動物と同じだなと思った。

結局、その手のニートは、臆病なのだろう。

 

ところで、私が、ニート論をよく書く理由についても、少し触れようと思う。

 

数年前の話だが、これとは違うブログをやっていた。

そこで、鬱病患者の悪口を散々書いたのだが、そうしたら、自分はそうなるまいと思い努力する気になり、結果、鬱が治ったのだ。

このグループと一蓮托生は嫌だ、自分は違う、そう強く思うことは、そのグループから離れる一助になると思う。私は現在不労所得で月収数十万の生活をしているが、30代にもなって百万稼げていないのは、ダサいと思う。

不労所得の世界では学生が数百万の利益を得ているので、やはり、30代でそれに到達できなかった負け組は、本来なら、即就職すべきだろう。

しないのは、その少ない所得に満足して生活した方が、高いプライドを外で傷つけられないなどの、理由があるのだろう。ちなみに、私は、その所得以外に副業の為、外でも働いている。働かないニートと同じにしないで欲しい。

 

しかし、これだけ厳しい目を向けていたら、まず間違いなく、5万の不労所得を月に得て、5万の小遣いを親に貰い、親の作った飯を食べ、実家で暮らしつつ、老後の親の面倒を診て、親の不動産を継承して、人生逃げ切る…そんな惨めな人生になることは、ないと思うのだ。

 

私の成功哲学は、なりたくない弱き他者を徹底的に軽蔑して見下すというものがある。

 

本来なら、上を見るべきだが、下を見て侮蔑の気持ちを忘れない方が、上昇志向を持つには簡単であり、数百万月に稼げるようになるまでは、こうした方が、ずっと成功には近づく。

 

●●になりたくない。

強くそう思えれば、その日から、その●●ではなくなるのが人生である。

 

ただ、上にも触れた通り、外に出たいとニートでありながら私が思えたのは、私自身が何度も写真をさらしている様に、美人だったからというのが大きい。

ニートに一番勧めたいのは、美容整形かも知れない。美しくなったら、人の評価は変わる。そうしたら、引き籠りでいたいなんて、思わなくなるだろう。

 

最後に、木曜日に作ったパウンドケーキを載せておく。

全粒粉を使い、米卵で焼いた。

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