ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

豊かさは努力して掴みにいかなければいけない(*‘ω‘ *)

12月に人生で初めて月収100万を達成したが、今月はまだ収入がない(*‘ω‘ *)

強いて言うなら、9万の含み益があるだけだ。

しかし、普段、1ヶ月2~5回のトレードで数十万利食っているので、これだとトントンにしか見えない。

 

今日の話題は豊かさだ(*‘ω‘ *)

 

近頃感じるのは、豊かさというのは、意識しないと失われるということだ。

それは、金で買えるものだけの話をしているのではない。

確かに、ほとんどの物は金で買えるが、例えば、私の日常に当てはめたら、Twitterで見たネップリに行く労力、ネップリを楽しみ絵を愛でる人生、みたいなものは、意識しないと、寒いから家にいたいという怠慢に負けてしまう(*‘ω‘ *)

 

文化的には、google play musicAmazonプライム、両方に登録しているぐらいなのだが、かなり豊かな日々を送っている。

しかし、それらをしっかりと堪能できているか?と問われると、少し耳が痛い(*‘ω‘ *)

 

しかし、PCのクリック数回で、世界中の音楽を聴くことができる。

近頃だと、流行りのBTSも聞いてみた。ダイナマイトは良曲だと思う。この曲を聞いて歩いていると自然と気分は上向く。

 

それ以外には、私は、マドンナの曲と、一部のロシアンポップスが好きであることに気づけてきた。

去年の話になるが、ロシアンポップスを聞いていると、トレードのパフォーマンスが落ちることがよくあった。何故かフレンチポップスを聞いていると、大枚稼げて、ロシアンポップスでそれを失うことが多々あり、結果的に、寒い地域の曲は気持ちを落ち込ませて、アグレッシブさを失わせるので、トレードで負ける…などと言う理論まで作った。

しかし、両方行ったことのある身としては分かる。

フランスもロシアと同じぐらい寒い(*‘ω‘ *)

 

今日は、ミレニアム世代の洋楽ミックスを聞いてブログを書いている。

去年の12月は、やはり、見聞を深めることが、人生を豊かにして、色々な話題について知的に語る力をつけるとTwitterの一部識者を見て思ったこともあり、ブログを書くぐらいなら読書して映画を観ようと思い、全然ブログを書かなかった。

 

しかし、きっと、アウトプットも同じぐらい大事だ。

 

語るには、知識ではなく感受性。

感受性と知識の相乗効果で知性が生まれる。その語れるようになる力が欲しいなら、数々の経験を積まなければいけない。

そう気づいたのが、今年の初頭だ。

その気づきは、自分を成長させる欲求と、真の意味での自由の為の闘争の為に、トレードの副業で勤めている仕事を辞めない決意へと、私を向かわせた。

元は、数年前の鬱のリハビリ代わりにしている仕事だが、職場で信頼されたり褒めてもらえることも増えて、承認欲求を満たせるようになっている。そして、やりがいもある。そうなると、やめる理由が思い浮かばない。

 

そんな時、今年初めに、ギリシャの元財務相である、バルファキスという人物が書いた本を読んだが、これが良書だ。

 

 この本は比較的簡単だ。

しかし、バルファキスというと、2015年ぐらいのギリシャ財務省で、スキンヘッドでバイクに乗っていた姿を思い出すのではないだろうかと思う。

この本は、全体的には左派的な調子で綴られている。

投機家である私が左派なのか?とは驚かれるだろうが、インテリに左派は多い。

アメリカ政治でも、左派である民主党を支持している人間の方が高学歴だとのデータもある。

 

スキンヘッドにバイクか…。その姿通り、左派でも理想論と罵倒されることもある、アナーキズムユートピア主義が感じられる、左派ガチ勢的な本だった。

 

ところで、共産主義社会主義は違う。

 

過去に、ソ連と縁のある人物と語ったことがあるが、共産主義とは、IQが高かったりとびぬけて優秀だったら、圧倒的速さでKGBなどの上へといくらでも行ける、行かせてもらえる、そんな社会だ。

私にとって、一番身近な共産主義社会は、サイコパスというアニメのシビュラシステムだと思う。あの世界を、自由市場や資本主義と思う人もいるかもしれないが、共産主義最大の矛盾は、独裁者の存在であり、資本主義最大の矛盾は、資本家の存在だ。

シビュラという実質的な独裁者がいて、その独裁者が、そこに住む者たちの幸せを、人生選択を通じて決めて、その選択は、適正に基づいている。これは、正に共産主義なのだ。

ただ、民主的ではないだろう。

上記のバルファキスの本は、民主主義を絶対的に推している。

その意味では、共産主義の真の姿、独裁者を取り除いた共産主義の機能を目指している。

しかし、上記文献で、それを共産主義と気づける人間はあまりいないだろうと思う。

少し、アナーキズム的な感じもした。

 

どちらにしろ、資本主義と市場主義の違いなども書かれていて、貨幣というものが、MMT派が強く指摘するように、税金より先にキーストロークされたもので、財源や貯金は必要ないと指摘している点も、素晴らしい。

 

凄く簡単で、これだけ安価な本で、これだけ本質的なことが書かれている本を、私は見たことがない。

 

しかし、当時、彼のいた内閣は、急進左派でありながら、ドイツとの交渉で、緊縮策を飲まなければいけなかった歴史も、私は知っている。

 

フェミニズムと同じだ。女性も力(所得)を男性に比べて持たない。

だから、フェミニズム運動は成功しづらい。

同じように、左派の運動も、ギリシャから始まるなら、金を、力を持つのはドイツなので、成功は難しいだろうと思う。

 

しかし、共産主義社会主義と違うのは、人間が人間らしく、民主的に生き、その能力を最大限生かして、成功するプロセスを何よりも大切にすることなのだ。

私も、投機家だが、共産主義者だ。

 

私は、豊かに生きられているだろうか。

これは、常に自問自答している。人間らしく生きているのか。

この問いは、資本主義社会から発されるものではなく、共産主義的だ。

 

サブスクだ沢山の音楽を聴き、kindleに沢山の専門書や漫画をダウンロードして、映画の配信サイトで数々の映画とアニメを見ている。

家には電気と水道が通っていて、今日も朝を高級チーズパイと紅茶で迎え、トレードの分析をトルコ雑貨のノートに執筆して、読書して午前を終え、午後にはベーグルを焼いて生ハムと食べた。

玄関には、ベトナムで、恐らく搾取的労働によって作られたナイキの2万円のシューズがあり、日本製品のPCを使いつつ、ヴィヴィアンのサイトを見ている。

楽天では、6パックで3700円のカレーのレトルトを注文した。オーガニックだ。

 

私の休日はこんな感じだ。明日は紅まどんなを食べる(*‘ω‘ *)

 

しかし、人生を本当に人間らしく楽しめているだろうか。

 

2年前に、凄く人生を楽しんでいる印象で、彼ほど人生を楽しんでいる人を、リアルでもネットでも見ないと言い切れるトレーダーと会話した。

彼の様になりたくて、豊かさに積極的になることにした。

その結果、私は後世に彼の様だと思われるだけの、実績を残していけるだろうか。

そんなことは、考える(*‘ω‘ *)

 

豊かさは、意識しないと失われる。追われるように金を稼ぐ様になるか、それとも、そもそも金がなく無欲になるか。

しかし、未来には贅沢ができるというのは、幻想だ。今、贅沢ができないなら、そんな未来は一生来ない。

そして、追われる様に金を稼ぎ、時間ができたら映画を観るなどと言っていると、受験を終えた私の様に、その後は、稼ぎと言う目標ができてしまったので、映画は一生あまり観られなくなる、そもそもあったはずの映画の習慣が失われる、そんな未来もあった。

 

今の人生に不満があるわけではない。

しかし、共産主義的な問いである、私は人間らしい人生を豊かに歩めているだろうかとの疑問は常に残るのだ。

 

今日は、久しぶりに抹茶を点てた(*‘ω‘ *)

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