無理なく努力して資産1000億円を目指す…

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

誰もが働いていて、その仕事をやめたくないと感じる幸福度の高い社会が必要だ(*‘ω‘ *)

私は、トレードに合わせて副業もしているのだが、3日もその副業を休むと、退屈に感じ、刺激がないと残念な気持ちになる。

私の職場は、幸いにも、男尊女卑ではない。

しかし、ほとんどの職場において、男性社会になっていて、女性にとっては働きにくいのは、事実だ。

 

以前、以下の様に言った女性がいた。

 

『どこの職場でも重い荷物を持っていたら男性が手伝ってくれるし、どこが男尊女卑なのか分からない。そう思うのは、容姿で損している人だけではないだろうか。』

 

当時、確かにどこの職場でも重い荷物は男性が持ってくれる傾向もあったので、この言葉の間違いが分からなかった。

しかし、フェミニズムについてしっかり学んだ私には、これの誤りがはっきりと分かる。

今の私なら言える。

 

『持って欲しいのは、荷物ではない。デートの度に奢ってくれて私の鞄を持ってくれたが、前はそれが当たり前だと思ったが、今はそんなこと望んでない。私の鞄を持つ暇があるなら、看護師や介護士で圧倒的に女性が多く、力仕事を女性の多数がしている現実に目を向けて欲しい。私の鞄を持ってレストランで奢るなら、その暇と金で、介護か看護に転職して、女性と仕事を交換してあげて欲しい。』

 

これが出来て初めて男女平等と言えるのではないだろうか。

 

それに、『容姿で損をしているから男女平等を求めるのではないか?』との一部の保守的な女性の反論は、男性社会に馴染みすぎている、一種名誉男性的なものだということも、フェミニズムを知る上で理解出来る様になった。

女性に美しくなって、男性との結婚を競って欲しい…それは、男性にあまりにも有利な社会の構築を助けるのではないか。そう思う。

この話は、あまりにも幼稚過ぎるので、私のブログでは、この辺にするが、看護や介護職については、もし男性の就労者が増えたら、それだけで給料が上がるのではないかと思っている。

コロナ禍で看護師のボーナスカットが問題になっているが、TVに出てくる看護師が、何故か全員女性だ。

社会には、男性看護師が多数の世界でも、女子を医学部受験の度に減点して男子を優遇する社会でなかったとしても、コロナ禍で看護師にボーナスを出さない社会を受け入れたのか、聞いてみたい。

 

思えば、上記の発言をする女性は、女性看護師が嫌いだったなと思い出した。

 

何故、今日この話をしたかと言うと、文章主の性格や性質を読み取る特技を持っているのだが、どうも、マルクスが、保守的なタイプだった気がしてならないのだ。

 

 

そのせいか、旧東側諸国と縁のある人は、ほぼ全員ジェンダー観が保守だったりする。

今の若い世代は分からないが、40代以上の存在には希望を持たない方がいい。

 

マルクス、自身は友人の金でブルジョワ的生活を送りながらプロレタリア革命を夢見た人物。

私も共産主義が好きだが、私の好きな共産主義は、No.6の世界やサイコパスの世界の共産主義だ。社会主義よりかも知れないが、その世界が好きである。

 

共産主義ソ連が目指したのは、その人に合った人生や職を尊重するとの意志があったみたいだが、女性は力仕事ができなくて、男性は力仕事ができる、女性は家庭が合っている等の価値観、現在資本主義の国家群では否定されつつある。

 

上にも書いたが、力仕事である看護や介護は女性が多い。

実際は、男性よりも女性が力仕事している現実があるのだ。

女性の場合、職がないと、専門学校に行って、看護・介護・保育に就こうとする意志を持つ人が結構いる。

それに、何かバイトを探そうとするのも、どちらかと言うと女性だ。

男性はニートになって、インフルエンサーになるなどの夢を持ち、夢破れて道を踏み外し、TVで犯罪者として報道されている例について、枚挙にいとまがない。

この辺で思うのである。

デートで鞄持つ癖に、自分は力仕事で働くのが嫌なのではないか?と。

女性でも持っていることも忘れる軽さの物は、積極的に持とうとする癖に、女性が社会の中で本当に持っている重荷については、一切手を出さない。

これを、男尊女卑と言わず、何と言うのだろうか。

そして、その女性たちが提供するサービスを安く買いたいからと、賃金を安値に設定する。

 

私は、この現実だけで、死ぬまで後数十年あるが、一生彼氏もいらないし、結婚もしたくないと、はっきりと言い切れる思いだ。

 

話が何度も逸れたが、ケインズの『一般理論』過去に読んでいるのだが、あれも大分脱線している印象なので、問題ない(*‘ω‘ *)

 

本当は、男性が看護や介護を女性の仕事と見なして就こうとしない社会ではなく、職に困った男性が、コロナ禍で必要としてもらえるならと、看護や介護をやろうと就活できて、そこで幸せに働ける社会こそ必要なのだろうと思う。

 

日本の職場環境は、ほとんどが男性社会。その中で、女性だからとキャリアアップが男性に対して後回しにされたり、化粧をマナーと押し付けられたり、ヒールを履かされたりする。

ホワイトカラーの職場でも雑用的な事務職はやはり女性が多い。

大学時代に、IT系の企業のデータ入力のバイトをしたことがあったのだが、管理職は全員男性だったが、その入力のバイトは全員女性で、私以外はフリーターと主婦だった。

こんな環境にいたら、多数の男性の横暴を我慢する社会にいるよりも、たった一人の男性の存在を我慢するだけでいい家庭に引き籠る為に、専業主婦になりたいって言いだす女性が、(過半数いないが)一定数は存在するのも自然だと、納得できてしまう。

 

話はまた戻るが、共産主義圏出身者にジェンダー観における保守が多い現象は、マルクスから来ているのではないかと真剣に考えるのだ。

 

個人的に言うと、私はプロレタリアに興味ない。

でも、マルクスの言説は夢があると思ってしまう。その説得力がある。

有名な言葉だけを引き抜いても、とても、感激してしまい、納得できるものがとても多い。

それでも、マルクスフェミニズムに貢献することは、ソ連を見れば、まずないと言い切れるので、近頃は支持できなくなってきているのだ。

実は、小学校の時にマルクスについて読んで以来ファンだったから悲しい。

 

それでも、当時のプロレタリアが搾取されていたか、私は知らないが(興味がないから調べたことがない)、プロレタリア的な人も幸せに生きるだけの賃金を確保すべきとの考えは、経済的に正しいと思う。

私は、その、白人男性プロレタリアだけではなく、女性の権利も訴えたいのだ。

マルクスには、白人男性プロレタリアに同情する意識はあっても、女性や有色人種の苦境について考える意識はなかったのではないかと、フェミニズムを学んだ後の私には思える。

 

私がこれを書いている今、トレードで、少し含み損を抱えている。

しかし、思うのだ。

仮に今回負けても間違いなく取り戻せる。そして、仮に全資産失っても私には副業があるし、その副業でまた資産はいくらでも作れる、と。

私に退場はない。お陰で、恐れも焦りもない。

 

その反面、市場や多くの金持ち、そして、親の金で質素に暮らすニートを見ていると、金を失って労働市場に戻る恐怖を抱えている面々が目に映る。

これは、おかしいのではないだろうか。

共産主義者の様に、株式の収支で生活するのが搾取だとか言うつもりはない。

しかし、相場が好きなら、金を失う恐怖があるのがおかしい。

そして、労働市場が生きていれば、金を失った後を心配するのもおかしい。

心配するのは、労働市場が、多くの人にとって過酷だからなのだ。

その点では、プロレタリアの窮状の改善を訴えたマルクスについて、同意する点が沢山ある。

今の資本主義社会は、全ての人間に金を失う恐怖を必要以上に与えている。

今日、500万の貯蓄があり、金は浪費していると言っている人も、その500万を一日で使うには、何か言い訳をつけて躊躇っているだろう。

でも、その人は、毎日1億円の収入があっても、その500万を躊躇うだろうか。

私の母の友人は、彼女の夫から500万の鞄をもらったが、その家には、500万は端金だ。

 

行動経済学だったかの文献で読んだのだが、自分が弱者だった時にも生きやすい社会を求めないといけない。

人には、自分が強者である限り、弱者にならないと思い込むバグがある(行動経済学)。

 

アダム・スミスが言っていたのだが、労働によって人は資産を作れる。

しかし、相場の格言では、それを常に一瞬で失う可能性を示唆したものが多数ある。

失っても取り戻すには、生活が保障された賃金がある労働市場が必要なのだ。

 

マルクス以降では、個人的には、労働組合が人類の幸福の為に最大の発明の一つだと、私は思っている。

彼らのお陰で労働市場での賃金低下圧力はかなり緩和されるし、凄く遅いペースだが、100年~200年をかけて、労働者の生活は改善される傾向にはあるし、労働条件もどんどん良くなっている。

 

私の副業は、幸いにも、女性にとって働きやすい職場である。

その代わり、男性が重い荷物を持ってくれることはない。

しかし、女性にも男性と同じ責任を求めて、女性でも失敗したら叱責される。

荷物を持ってもらえるなら、男性よりも少ない賃金でいい。本気でそう思うのだろうか。

総合職が全員男性で、一般職が全員女性で、その女性たちは、結婚の為にいつか仕事を辞めて家庭に入る。この社会は、本当に、様々な有事の際に、全ての人に幸福をもたらすだろうか。

それは、結婚にあぶれる男性には幸福かも知れないが、金がないから、社会が過酷だからと、結婚を選ばなければいけなかった女性たちは、救われない。

 

男性と同じ条件でキャリアアップできて、正社員で働いていたら、そんなに結婚したいと思うか?正直に、そう思う。

雇用機会の平等、これは、マルクスの言うプロレタリアにだけ与えられる権利ではなく、女性にも与えられるべきだろう。

 

フェミニズムは自由の為に学問だ。

一度学べば、二度と逆の思想にはならない。

就職後、男性優位の社会に絶望して、男女平等を望んだ女性たちも、フェミニズムは知ることがなかった人がほとんどだと思う。中学校で必修にして欲しい(*‘ω‘ *)

 

最後に、フェミニズムの本を二冊紹介していく。(アフィはやってません)

 

 こちらは、日本人の文献なのに、経済や思想は外国人の物しか読まない私にも、素晴らしい入門書だった。

 

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

男も女もみんなフェミニストでなきゃ

 

 この本は、スピーチに加筆されたものなので、上の本を読んだ後に読むと、背景が分かる。

個人的には、ナイジェリアと日本のジェンダーギャップが同レベルかも知れないと、思えた一冊だった。