ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

現代経済学を批判的に学べ、かつ、その歴史にも詳しくなれる三冊を紹介(*‘ω‘ *)

まず最初に、全部入門書や読み物であり、専門書ではないので、全部読め(*‘ω‘ *)

まず、ここ数日読みながら度々引用したり感想を書いたこちらの本。

 

 この本は1週間ぐらい読むのに時間がかかってしまったが、普段から時間があまりないので仕方がない。それでも、とても面白かった。ニートなら一日で読めるだろう。

 

アダム・スミスマルクスケインズも、全ての人間が一度は名前ぐらいなら聞いたことがあるのではないだろうか。

しかし、この三人は誤解されている。その誤解は、この本でも出てくるが、個人的に思うことを先に書きたい。

まず、アダム・スミスは、多国籍企業の寡占状態の自由貿易は一つも推奨していないし、労働価値説を推した。労働の価値が商品価値を決めると言っていて、その労働価値を市場原理で決めるなど一言も言っていなく、『見えざる手』などの表現は、長い著作の中で少し出てくるに過ぎず、前後の文脈を無視して用いられるものではない。

これは、『国富論』を読んだ人間には自明なことだ。

これらについては、この本にも書いてある。

私は、『国富論』を読んでいたので、この本に出てくる、『新古典派経済学者』や『新自由主義経済学者』がアダム・スミス聖典にする理由が理解できていなかったが、歴史と共に曲解されたのが、彼の運命だった様だ。

 

そして、マルクスも誤解されている。

マルクス共産主義者か?という哲学的問が残るが、これは、今日は無視しようと思う。

マルクスは、自分はジャーナリスト兼ニートみたいな生活をしつつ、友人の援助でブルジョワ的生活を生涯送った人物だ。プロレタリア革命を夢見たが、個人的には、その理論がジャーナリストとして有利だったのと、経済学が好きだったので、共産主義的な理論で武装するようになったが、自分がそれを必要としていると言った印象はなかった。

私は、この本で、マルクスの人生について、初めて読んだ。

この本がいいところは、経済理論について概観できるだけではなく、各経済学の巨人たちについて、その人生が分かる点だろう。

共産主義が悪いように誤解される、特に東西冷戦の結果によって、資本主義を持ちあげる空気がある、結果としてマルクスも評判が悪い、そういう印象を私は受ける。

しかし、労働者の生活の質や賃金に目を向け、失業に目を向け、現代の失業を無視する理論をかざす経済学者たちとは違い、より本質的な部門を研究したのだなと言う印象を受けた。

マルクスについては、これ以外にも紹介本を読んだことがあるのだが、『資本論』は読んだことがない。その為、アダム・スミスについて書けたこと程のことが、ブログでは書けないことが、もどかしい。是非とも『資本論』についても読みたい。

 

ケインズは、現代人にとって、『財政出動の為に穴を掘って埋めろ』と言った人物として印象に残っているのではないかと思う。

ケインズについては、私も『一般理論』を読んだことがある。

しかし、この三人を比較する本で読んでショックだったのは、今の経済学部でケインズについては全く教えないということだ。

私は、数学科の出身なのだが、数学の講義では数学の歴史について学ぶ時間があった。経済学部にもそんな有意義な時間があればよかったのにな、と経済を選択した人達が気の毒になる。

ケインズは、投機家としての一面もあり、その為か、恐らくは、投機の与える役割や期待について初めて真面目に考察した人物だと思う。

マルクスは、失業が起きることや賃金が低下してしまう経済危機について考察できても、それに対する処方箋を提供することはできなかった。できたのは、あまり現実的ではない理想論である共産主義革命について言及したことだけだ(一応マルクス中央銀行の設立については推していた)。

ケインズは、これらの不況と闘う為に、金融政策と財政政策の必要性を始めて唱えた人物だろう。そして、貨幣というものが、無から創造されることを、初めて自覚した人物かも知れない(記述した人物かも知れない)。

しかし、ケインズの『一般理論』は凄く読みにくいので、この本で、ケインズを概観するのは、凄く前向きな選択だろう。

 

最後に、著者がドイツ人だった為か、ユーロに関する記述が多い。

その中で、連合国が1次大戦後にドイツに天文学的賠償金を求めたのと同じことをギリシャの債務支払いに対して行っているとの指摘は、凄く印象に残った。

当時のドイツは通貨を切り下げることもできたが、今のギリシャはそれができない。

しかし、個人的には、今の世界の経済体制(多国籍企業の寡占)を思うに、ギリシャの様に目立った産業のない国が、通貨を切り下げたぐらいで経済を回復させることができるのか?疑問で仕方ない。1次大戦後のドイツは世界で2位の工業国だったという現実もある。その差は大きいのではないだろうか。

それに、ドイツみたいな国であっても、通貨の切り下げで、一般の平均的な国民までもが利益を得るのだろうか。大企業は輸出を伸ばせるだろう。しかし、その富を公平に分配する制度は、ドイツにもギリシャにもない。

個人的には、今のギリシャの状態がもしかしたら、最良の選択だった可能性も考えるのだ。

通貨切り下げをして実質デフォルトしたギリシャなど、世界金融と言う鮫の前に投げ込まれた肉塊にしかならないだろうと。

ギリシャの窮状は日本に似ている。債務を言っているのではない。観光しか目立つ産業がない状態だ。

観光業(インバウンド)で稼いでいた現実は、コロナ禍で日本に不況をもたらした。

もし、日本に日本銀行と、世界最強通貨である円、そして、高度経済の頃から頑張って成し遂げてきた成長、それらがなかったら、きっとギリシャの離脱バージョンみたいな悲惨な経済情勢になっていただろうと自然に予測できる。

 

私が、一番共感できるのは、マルクスだ。

現代では、『新古典派経済学者』の影響を受けた政治家たちのせいで、BIや最低賃金の撤廃、そもそも賃金に対する低下圧力そ推進する政策、などの悪政が見受けられる。

全てが実現されているわけではない。しかし、これらが実現したら多くの、99%の日本人にとって、貧しい現実が待っているのは確かだ。

これは、大企業の寡占を助けるだけだと思うのだが、その競争力を増した大企業は世界と戦って行ける。

しかし、大企業が生き残っても、そこで生きている一般人や下請けの人達までも幸せにできないなら、その企業に価値はあるだろうか。

企業は利益を生み出す装置ではなく、そこに住む人の豊かさを叶える為に存在している。

私はそう思っている。だから、きっと、大企業寡占のこの時代に、ショートのポジを積むことに魅力を感じてしまうのだろう。

 

ところで、上記の本は、アダム・スミスマルクスケインズという、どちらかと言うと左派についてまとめて書かれた本だった。

多分、最初は右派だったが、後年右派と距離を保った経済学会の巨人がもう一人いるので、その人物とケインズについて書かれた興味深い本について、紹介しておきたい。

 

 個人的には、ケインズを語るなら同時代に生きたハイエクについては必要な知識だと思っている。是非、こっちも読んでいただきたい。正直、ハイエクが好きになるし、『新古典派』は好きになれなくても、『自由主義』は好きになれるし、ミルトン・フリードマンに受け継がれたと思われがちなハイエクだが、その理論の筋みたいなものは、全く違うと分かる。ハイエクも何冊か読んでいるのだが、『新古典派』が間違っていても、『自由主義』はケインズ学派を和解できると、確信できる(*‘ω‘ *)

 

更に、2008年に葬り去られる予定だった古い経済学概念を一望できる一冊がある。

上記二冊と合わせてこちらもお勧めしたい。

 

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想

 

 この本に出てくる経済学理論の名前は、最初に紹介した、ケインズアダム・スミスマルクスについての比較本にも出てくる。こちらを読んでいると、その比較本が凄く読みやすい。

2008年直後に出た本だと思うが、その時点で葬り去れると思われたそれらの経済学理論は、結局は、金融緩和で生き残ったこの世界で、息を吹き返した。その姿をゾンビに喩えることができると思うが、このゾンビという概念も死にぞこないの企業について使うので、金融の皮肉だ。

 

この三冊を読めば、経済についてはほぼ完全に外観出来る。

 

新古典派新自由主義)』については、映す価値なしそっくりさん、という格付けでいいと思うので、読む必要は全くない。間違っているものの理解に時間を割くのは、それこそ、合理的でもなければ、効率的でもなく、その合理的見方で淘汰されるべきは、この間違った経済学理論なのだ。

 

今日は、ハーゲンダッツを食べた(*‘ω‘ *)

朝からハーゲンダッツとロシアケーキとアーモンドミルク入りの紅茶で粘っているw

音楽は、youtube musicの洋楽のミレニアムミックスを聞いている。

邦楽はほぼ全く聞かなくなったw

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