ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

『パックス・ブリタニカ 大英帝国最盛期の群像(上・下)』を読んで(*‘ω‘ *)

このブログは二回に分けて書いている。

まず、上を読み終わった時、次に、下を読み終わった時に。結構時間のかかってしまう本なので、読み終わる度に書いている。本そのものは、買ったのは10年ぐらい前だ。しかし、当時歴史にはまっていたが、飽きてしまって積読になった。それを今、消化している。

理由は、本をkindleに買い過ぎて、ちょっと出費が酷いなと思ったから、自戒も込めて倹約することにしたのだ。しかし、これは上巻は持っていたが下巻は持っていなくて、結局下巻を直ぐに買ったので、出費は抑えられなかった。

 

さて、上巻はこちらだ。

 

パックス・ブリタニカーー大英帝国最盛期の群像 (上)

パックス・ブリタニカーー大英帝国最盛期の群像 (上)

  • 作者:モリス,J.
  • 発売日: 2006/10/25
  • メディア: 単行本
 

 大英帝国がどうやって大きくなって、どうやって衰退していったのか…そういうことを知りたい人にはお勧めできない本書。

ヴィクトリア女王の60周年記念パレードの様子から始まる。そして、大英帝国が全体として、どういうところだったのか、その多様性が描写されている。

ファンタジーで王国は正義の側で描かれるが、帝国は悪の側として描かれる。

しかし、大英帝国は極めて多様であり、民族国家を均一化して統治する帝国というファンタジーの悪いイメージからは異なる。

当時、帝国主義に賛同するか否かについても、英国で議論があった様だ。この本には帝国主義に賛同して突き詰めていった数々の人物について、軽く書かれてもいる。

個人的には、その帝国主義に疑問を呈した理論家が少しいて、それをレーニンが参考にしたとの箇所、わずか数行だが、そこが好きだった。

 

日本のアジア支配とは、大分違うという印象を受けた。

 

大英帝国は、そもそも英国化する試みではなく、地域多様性を認める試みだった様だ。

インドやアジア、アフリカの描写について、当時のエキゾチックな雰囲気やオリエントな空気が上手く表現されている。

当時の英国人も、異文化を楽しんだのだなと分かる描写がある反面、現代とは違い、ある程度のリスクを覚悟して出て行った数々の人々の姿も思い浮かぶ。

 

その中で、当時は奴隷制度や差別について多少なりとも議論され、それらに反対する団体もあったとのことに興味を持った。

しかし、その中で、教育のあるインド人や黒人たちは差別を感じ反発することもあったが、特に教養のない人達は差別されていることにも気づかなかったというこの本の記述には、時代は変わっても人々は変わらないと思わざるを得なかった。今でも、教養のある女性は、フェミニズム運動に共感するが、教養のない女性だと、その理由も、自身の立場が差別されている現実にも気づかない。

もしかしたら、啓蒙とは、厳しい現実に気づいて変えていくのに必要なことだが、その反面、啓蒙されていない方が、気楽に生きられていいのかも知れない。

 

全体として、当時の英国は逞しく、今で言う中国の様なイメージを受ける。

いつでも、苦難を受け入れ、挑戦していく。その気持ちが発展に繋がるのかも知れない。

 

英国の植民地では、文化の多様性は守られていた。その生きた風景が細かく描かれている上巻だった。

 

続いて下巻について(*‘ω‘ *)

 

パックス・ブリタニカーー大英帝国最盛期の群像 (下)

パックス・ブリタニカーー大英帝国最盛期の群像 (下)

  • 作者:モリス,J.
  • 発売日: 2006/10/25
  • メディア: 単行本
 

 基本的に下巻も上巻も変わりはない。

全体的に風景を描写している。この下巻で知ったのだが、この時代に社会民主主義に傾いていた英国支配地域があり、また、キリスト教以外の宗教も基本的には認められ、奴隷制も廃止されていた。

帝国の下での公平性と正義。それを実現しようとしたが、それでも、矛盾した点が沢山あった。階級制であり、結局は、要職には白人以外がつくことはなかった。

この時代、多様性を認めながらも、英国らしさ、紳士らしさの様なもの、それは一つのブランド価値にもなっていた。結局は、支配するもの…持つものが美しく見えるのが人類なのかも知れない。

大英帝国の厄介ごとはインドでも、アフリカやアジアの植民地でも白人植民地でもなく、ボーア人の住む地域とアイルランドだったみたいで、この本に引用されていたビスマルクの、『ボーア人アイルランド人は住処を交換すれば?』の言葉は印象に残った。

この下巻でも服装や装飾、各地の建築などは、旅をすかの如く細かく記述されている。

大英帝国との幻想や宗教に魅了されたのは、やはり一般大衆で、その幻想の中で、現実的外交の綱渡りをする政治家たち。そして、帝国主義の在り方に疑問を持つ思想家たち。数々の人達のサラダボウルだったのが、大英帝国だ。

 

印象に残った、公平であるとする大英帝国について、作者が言う、『全てに公平であろうとすると、隣人がいなくなる』との言葉は、凄く身につまされる思いだった。

 

私も公平な人間だ。その意味では支配者やリーダーには向いているのかも知れないが、大英帝国同様、孤高の存在になりやすい。

しかし、マキャベリによれば、親しみのある君主には価値はない。

親しみがないが、偽善的ではあるが、公平に統治しようと最善を尽くした大英帝国…、支配者としては優秀だったのではないだろうか。

統治におけるダブルススタンダードが指摘されやすいが、結局は、アジアやアフリカなど王族支配の地域で、現地エリートを活用して統治コストを下げる、その考えそのものには間違いはない。

自国で民主主義を進めつつも、結局は、帝国であり、植民地での王政を維持したのは、民主主義の理想よりも帝国統治の実利を追求した結果だろう。

その中で、文化が守られていたなら、過去の、前時代的な世界では優ではなかろうか。

 

個人的に、民主主義が必ずしも優れているとは思っていない。

チャーチルは民主主義は最悪の制度だが、存在するすべての統治方法の中で最善だと言ったのには、納得できる。権力は腐敗する。結局は同じ人が長きに渡り統治しすぎると、自己の利益と国家の利益を区別できなくなる。

しかし、自由とは、どのようなものだろうか。

文化的に豊かに生きるチャンスとでも言い換えられると思う。多様性とも思う。

もし、民主主義政体ではなくても、人生の生き方を自由に選択できる余地があるのなら、そして、それが完全に自由選択に基づくチャンスがあるのなら、民主主義よりよい統治かも知れない。

大英帝国には、各地の独自性もあり、地方の個性が生かされ、その中で、金持ちになれる人が全てではないにしても、誰に生き方を強要されることもなかった。

今の、結婚して子供を産めと女性にプレッシャーをかけ、未婚の女性に課税する方向に進む、悪しき日本政府より、ずっと博愛主義に満ちていたように思う。

 

各地の産物を自国に輸入しつつ、多様性を認めて生きることが帝国。

これは、ファンタジーで描かれるのと、大分イメージが違う。

日本のアジア支配の強権的様子とも違う。

 

大英帝国だけが、自由と博愛精神に基づいていたからこそ、あそこまで成功した。

ヴィクトリア女王も、自由を認める署名を数々した。

成功の土台は自由。とても納得できる文献だった。