ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

チェンソーマンを再履修してます(*‘ω‘ *)

私にとって、風呂とは、ラッシュの化粧品を楽しみつつ漫画を読む時間。少し前までは鬼滅を読んでいたが、今はチェンソーマンを読んでいる。

実は、漫画は新しいのを毎週末買いつつ、それを一回読んで二回目読むか?と不安になる毎日が続いていたのだが、近頃は再履修が楽しく、その点安心している。

 

 

チェンソーマン、一回目はサンタクロースのあたりから理解できなくなり、人間関係や伏線は全く読み取れなかったが、ネタバレした二回目は、伏線を意識できたのでとても良かった。と言っても、9巻までしか読んでいない。

 

この作者はいくつかの記号に思い入れがあるのではないかと感じられる。

 

まず、映画だが…、前作でも主人公に教養を与えるセクシャルマイノリティの人物に映画の趣味を付与していた。今作でも、マキマという極めて魅力的な女性に映画の趣味を付与している。もしかしたら、作者に映画で人生で印象に残った体験があったのかも知れない。

個人的に、映画は私もAmazonプライムで1ヶ月4本ぐらい観るが、とても作品としては、海外のものは、出来がいいし、内容も考えさせられる。このまま映画を観る習慣は維持したいと思っている。

 

それと更に、クァンシというセクシャルマイノリティの女性も描いている。もしかしたら、LGBTについて極めて寛容な性格をしているのかも知れないと予測している。

この辺も前作に通じる。

 

ちなみに、前作。こちらも全巻持っている。

 

 今日は、チェンソーマンについて主に書こうと思う。

 

今作、デンジと言う主人公が、借金に苦しむがチェンソーの悪魔に助けられることによって、偶然生き残り、悪魔を討伐する公的機関で働くことになる話だ。

Twitterでは、『鬼滅の刃にしろチェンソーマンにしろ、主人公が普通の生活を望み、ワンピースの様に大きな夢を描かない。それだけ、時代が貧しくなっているのを反映しているのかも知れない』という呟きを見たことがある。

普通をどう定義するかにもよるだろう。ワンピースのルフィも特別恵まれていなくても大言壮語の夢を語る。夢を語れるかは、どれだけ自分を奮い立たせられるかによると思う。

話が逸れた。

各所に伏線がちりばめられているが、基本は、銃の悪魔を手に入れた各国と、それと戦争をする日本の話。その様に初期から伏線があるのだが、それが分かりにくく、世界的に銃の悪魔を追いかけていると錯覚してしまう。

 

ところで、デンジの普通を求める気持ちや、悪魔退治の話以外に、チェンソーマンは人物関係が凄く充実していていいと思う。

人物単体の描かれ方も凄くいい。

 

まず、マキマさんという人物が魅力的だ。後に色々と明かされるが、仕事のできる女性として先進的描かれ方をする反面、色恋沙汰が基本なく、目的に忠実だ。安定していて読みやすい。

それなのに、デンジに色々とエロいことを教えるしデートにも誘う。

しかし、性愛的描写はなく、日常風景の中で二人の感情的やり取りが進んでいくのはとても自然でいい。

マキマさんは仕事のできる女性だから、さぞかし男性的描かれ方をしていると思われるかも知れないが、女性的というより中性的魅力があり、色気も失わない。今を生きる女性の理想像ではなかろうか。

レゼという女性も出てくるが、彼女も中性的見た目と強キャラというギャップが凄く良く、不幸な身の上の子供が悪魔になった例だが、デンジと恋愛沙汰を演じつつも、それに本気にならず、最終的には、助けてくれたデンジからも離れて自分の力で生きていこうとするあたりも自立していて凄くいいと思った。

 

しかし、何よりもいいのは、アキとデンジの対等感ではなかろうか。

 

BLカップルではなく同性の戦友だが、日本の文学の描かれ方はどちらかがどちらかをケアしたり、どちらかが優位に立つステータスを持っていたり、対等に助け合う作品は少ないと感じる。

それなのに、これは、基本的に戦闘能力はデンジが強いが、アキがパワーという女性やデンジと暮らす間に、特に一時的に闇の悪魔に追い詰められて弱るパワーやそれを面倒診つつ、毎日を楽しく過ごして幸せそうなデンジを見て、銃の悪魔に対する復讐を諦める。それを怖気づいたと表現する。

怖気づくと言うのは、何も自分の命が惜しくなる時だけの表現ではない。

幸せがなくなることや、自分の大切な人が不幸になることへの恐怖も表す。この部分の表現がとても繊細で良かった。

アキはデンジを心配しつつ、デンジはそれを意に介さない。そして、アキもそれを受け入れる。互いの自由を尊重し合うペアなのだ。

人との絆が上手く表されている漫画だと思う。

しかし、この作者の歪んだ部分は、この絆を壊す方向に、不幸な結末を迎える方向に描かれる。

ちょっと辛いかも知れないが、続きが気になってしまうので困る。

 

鬼滅程涙が出るタイプの作品ではない。

しかし、色々と考えることは多く、そして、個人的に鬼滅の刃は鬼サイド以外は、緩めの保守主義の色が見える。しかし、チェンソーマンはジェンダーや自由について、極めて急進的であり、リベラルにはお勧めの漫画だ。

 

自由やジェンダー、絆は、人生の文脈の中で考える必要があると思っている。

 

その意味で、デンジは確かにルフィに比べて大きな夢を持たないが、その自由に生きる意思や他人の生き方を尊重する優しさ、そして、自分の幸せ以外意に介さない個人主義、それらを思うと、ルフィより自由に生きている印象を抱く。

 

過去に、自由と正義について哲学的文献で読んだことがある。

夢を抱くことばかりが自由ではないのだ。夢に囚われず、何にも影響されない自由意志を持つこと、それも自由と言えて、凄く難しい生き方なのだ。チェンソーマンが貫いているのは、そういう種類の自由ではないだろうか。