ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

読書に意義(価値)はあるのか(*‘ω‘ *)

私は如何なるものも、全て価値があると言う綺麗ごとが苦手だ。

やはり、効率性が全てではないと思っても、より成果に直結する行動のみをとりたいと思ってしまうし、地動説で説明できる世界で天動説ばかり学んでいても意味がなかったという歴史的事実も知っている。

 

だから、今日は悩んでいる。読書に意義はあるのか。

 

今の自分を何が作ったのか分からない。月収100万を超えてから数ヶ月が過ぎた。

これの達成に読書は貢献したのだろうか。

上で天動説と地動説の喩えを書いた。

過去の私は、直接トレードの利益にならないことを学びつつ、その時間が楽しかった。

しかし、心のどこかで、その時学んでいる天動説は、きっと成果に結びつくと信じつつ、『進撃の巨人』という作品の初期に出てくる調査兵団のシーンのように、損失を積み上げて、『今日も何の成果も上げられませんでした。』と言う日々を過ごしていた。

それでも、その時期は一番楽しかった。

 

楽しいか楽しくないか、それを別けるのは、この瞬間の努力が未来の展望に繋がると信じられるか否かに左右されると思う。

 

この時期は、総計500冊の本を読んだと思うが、本当に、この読書が数百億の年収に繋がると信じていたし、だからこそ、楽しかった。

 

しかし、実際に月収100万に届いた今思うのは、この時の怒涛の読書で得た知識をほとんど使っていない現実だ。

ところで、私は副業でたまに出勤もしているので、フルタイムの労働者ではないが、専業のトレーダーでもない。

ここのところ、トレード収益で生活できるのだから、もう出勤する仕事は辞めてしまおうか…と思うこともあったが、僅かでも評価されると嬉しくて、つい続けてしまう。人間関係などが、特別悪化しない限りは、その副業を辞めることはないと思う。

 

 30年ちょっとの人生の中で、僅かながら専業のトレーダーと関わって気づいたことがある。

彼らに比べて長期の見通しやトレンド転換の有無などの判断が優れているのだ。

私も気づいたことだが、トレードで利益を得るには、テクニカルで十分だ。しかし、これだと一回の利益は少なくなってしまう。

ファンダメンタルズに関する見通しが、利益を爆発させる。

私が、テクニカル的にトレ転の危険があると分かっていても、ファンダメンタルズ的変化がないと判断して長期で持つ時、そのポジは、かなりの利益を出すが、ほとんどのトレーダーが間違う現実に気づいた。

それを見て、もしかしたら、数百冊読書したあの時間は無駄ではなかったのだろうか?と思いつつ、今の自分に必要なのは、そこまで精緻であるファンダメンタルズ分析の技能を高める為に、今日読書することではなく、専業のトレーダーの持つ、冷徹な分析力輝くテクニカル分析を身に着ける為に、チャートを見ることではないか?とも思うのだ。

 

読書に価値(意義)があったのか。この答えは、死んだあとにすら出そうにない。

 

さて、今(2月17日)は以下の本を読んでいる。

ちなみに、トレードは長期で持っていたトルコリラ人民元を利食ったところだ。

人民元に関してはショートのポジを現在持っている。

話が逸れた、本について。

 

 

 この本は、ギリシャの元財務大臣が書いているものだ。この大臣は、2015年だったか、ユーロ危機の真っ最中にドイツと交渉する為にその職についた。

当時、スキンヘッドでバイクに乗りつつ、左派であるということに興味を持って、また、カッコイイと思い、好きだった。

その人の本があると知ったのは、以下がAmazonのお勧めに上がった瞬間だ。

 

 この本を知るまで、バルファキスという人物の本があるとは知らなかった。

ところで、米国のFRB議長の本でも全てが日本語訳されていないのに、ギリシャというマイナーな国の財務大臣の本が、実は合計で3冊日本語訳されている。これは凄いことだと思う。

しかし、読めば分かる。とても面白いのだ。二冊目の『父が娘に…』は以前ブログでも紹介したので、今日は書かない。

 

www.i-love-money-and-beauty.com

 上記の、『私たちを救う経済学』だが、これは、まだ5分の1程度しか読んでいない。

私みたいに経済や金融の本を沢山読んでいる人間にとっては、過去の知識の言い換えに感じられる一面がある。大抵、どの経済の本に書いていることも同じだ。

 

ここで、過去の金融機関の中の人だった友人の人生を思い出した。

入社当時は経済や金融について凄く本を読んだが、数年後には、もう小説を読むようになったと言っていた。その理由について詳しく追及しなかったが、きっと、同じ内容が増えた結果だろう。しかし、彼はそこまで本を読んだのだ。

 

話が逸れた。

この本の初期の辺りに、ニクソンショックについて詳しく書かれている。

同時に、ユーロがどうやって歴史の文章に出てきたかについて書いてある。

提案がフランスだったことは有名だが、その際に、米国のソ連に対抗する為の欧州統合、これが、米国主導になり、フランスの発言力を低下させる試みと見なしたフランスが、それを阻止する目的で、同時に、米国のドルの唯一無二のその権限に対抗する目的で、ユーロを提案した流れが分かる。

これについて、日本みたいに強者(アメリカ)にすり寄ることを考えるのではなく、弱者同士(フランス・ドイツ)で手を組み、アメリカの覇権に対抗していこうとする考えが西洋にはあったのだなと感心した。

東洋の傾向は、強者に対抗して自由に生きる道を模索することよりも、強者に養ってもらう考えが強い。

その違いが表れた通貨がユーロではないだろうか。

ニクソンショックについても、アメリカが金とドルとの交換ができなくなっていって、自国通貨を切り下げたと言われているが、ドルの覇権を守る為に、ドイツなどが為替介入を渋ったから、その非協力的態度にアメリカが怒ってしまったという一面もあるみたいだ。

ユーロは、このニクソンショックの前からフランスにより検討されていた。

 

ただ、フランスやドイツの自立性と比べて、中国や韓国にばかり強硬な態度をとりつつ、アメリカの靴を舐める日本の態度は恥ずかしく映る。この時代の日本については、本には書かれていないが、自由を求める、フランスやドイツの態度と、今現在の日本の姿は対極的に映るのだ。

 

パックスアメリカーナと言う言葉があるが、一国の作る平和が最初に実現したのは、ローマの帝政だ。

やはり、少し緊張感が伴う社会であっても、一極支配ではなく、複数の国が同盟を結びつつ、強国に対抗しようとして、発言力を維持しようと日夜努力する。自由は、その世界で実現するのではないかと思う。

 

この、バルファキスという人物の本は、上記の両方共、経済や金融について、新しい見方ができる。

 

その中で、良く知られていない経常収支。これの黒が何故悪なのか。それが、この本の冒頭付近に詳しく書かれている。

現代の金融危機の連続は、この黒字と赤字の不均衡によるものだと、確信できる本は、これが初めてかも知れない。

この人物の本は、本質的なことが、ユーモラスな文体で分かりやすく書かれている点が、他の経済学者の本と、大分違う。

少し詳しい話が知りたい人間は、『わたしたちを救う経済学』を、導入的に、概観したい人間は、『父が娘に…』を読むのがいいだろうと思う。

 

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読書に価値があるのか。その答えが出ない。読書は楽しくても、これだけ難しい本をしょっちゅう読んでいると、1ヶ月3冊程度でも、疲れてしまう。そうなると、楽しさはなくなり、成果に貢献するかが、どうしても気になる様になる。

 

答えの出る問題ではないが、今を精一杯頑張る以外に、日常を大切にする以外に、選択肢など、ないのだろう。