ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

刺激がないと欲望がなくなるのかも知れない、その謎について(*‘ω‘ *)

私は、過去に交友関係がかなり活発だった時期は、欲しいものが一杯あって、それに対する対処だけで大変だった。
特に、その当時は、月5万程度の収入しかない可哀相なニートだったので、我慢しないといけないことの方が多かったのだ。

しかし、実家暮らしで親が小遣いもくれていた。30代目前の時期だったが、ダサかったと思う。

こういう話が度々出てくるのは、このブログが、仮にもグループ・ニートだからだ。

 

今は、楽しく気楽に健康的に美しく生きる。そのことだけを、考えている。

 

ここのところ、欲望がないと感じる。

自分で買う予定のところ、月収100万を達成したので、親に色々と度々プレゼントしていたら、着払いで買ったシュウウエムラの化粧品の代金を、親が払ってくれた。感謝しかないが、それが、アイシャドウだったのだ。しかも、かなり色数の多いパレット。お陰で、あと、3~5年は化粧品に困らないかも知れない(*‘ω‘ *)

 

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ところで、少しだけ相場の話をしてから、本題に入りたい。

今日は、ドルストロングとドル円ショートをしたのだが、ドル円が踏み上げ気配だ。

しかし、この位置で、ロスカットはできないので、108.95まで待つ予定だ。

それでも、その後は、上昇に賭ける気はない。基本は、株安時は円高になると思っている。初期こそ円安になる可能性もあるが、最終的には、ドルは安くなる。

今回の下落においてドルが強かった理由は、米国の金利は変動したのに、日本の金利が安定していたためだ。

それだけ、中央銀行の力が日本が強く、米国債は、外国人に買われている傾向があるということだろう。

そして、金融規制がアメリカの方が少ない。2008年以降の規制も、2015年だったかに外されているし、2020年だったと思うが、大手金融機関の自己資本の要求も弱まったはずだ。

この国の通貨が、危機時に高くなるとは、考えにくい。

こういうファンダメンタルズ的な理由ではなく、主な理由はスワップだが。

しかし、実際のトレードは、テクニカルで行うので、ドル円をロングする瞬間もありそうだが、ここを頭に入れておかないと、カウンターを食らいそうだ(*‘ω‘ *)

(2021年3月11日、午後)

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さて、私の欲望について。アイシャドウが間に合っている。寧ろ、40代になって化粧しても仕方ない、若い内の方が美しい、そう思うので、今一、パッケージだけで買う気がしない。ある物で美しく…そう思ってしまうのだ。

だから、MACは買うのやめた(*‘ω‘ *)

 

しかし、5年ほど前だろうか。ある程度外で友達と関わっていた時期は、その度にお洒落な服や化粧が必要だった。その為の服を買ったり、化粧品を買ったり、楽しかったのを覚えている。

このブログを長期で読んでいる人間には分かることだが、このブログ主である私は、共感を呼ぶ人物ではなく、同時に風変りな人生価値基準を持って、その主義の中で生きているので、私に好感を抱くことは、ないだろう。

その傾向の為か、2年前に、友達と言われる人間の全員を失った。

 

友達を失って悲しいのは、自分の美貌を自慢する相手がいなくなったことだ。

書いてみると失うのは当然だ。相手を、優越感を満たすための装置としか見なしていなかったのだから。相手の個性を見て、尊重することは、しなかったのだろう。

 

他にも、人生で友達が多かった時期は、それなりにある。

今も、トレード以外に副業をしているので、外で、同僚と呼ぶべき人達と関わる。彼らとは、少し距離が開いているが、一定のコミュニケーションはとれている。

 

しかし、不思議なことだが、あれが欲しい、これが欲しい…そんな願いが、あまり湧いてこないのだ。精々思うことは、親に贅沢をさせたい。それだけだ。結果として、金が貯まる。

 

もしかしたら、欲望というのは、自己顕示欲を高めてくれる友人に恵まれて初めて湧くものなのかも知れない。

近頃、自分が老人にでもなったのではないかと思えるぐらい、落ち着いてしまって、それがたまに悲しい。

過去に人に囲まれていた時期に、湧いてくる様な、我慢するだけで息が苦しくなる様な、そんな欲望に囲まれていて、お金が直ぐになくなった。

しかし、当時月に使っていたのが5万で、それぐらいしか収入がなく、今は、月に娯楽に5万以上使っていて、月収が平均で100万程度だから、よく考えたら、欲望に変化はなく、余裕ができただけなのかも知れない。

しかし、当時の鋭いかのようなシャープな物欲、それを、心から懐かしく思う。

 

他人の服を見る。化粧を見る。その中で、自分もあれがしたいと心から思う。

つい最近、少しだけ、その経験があった。SNSで2年ぐらい前から関わっている女性がいる。色々と問題行動が多いし、主義や価値観も合わないが、メイクが上手いと思った。

それを見て、眉毛をしっかりと、私も書く様になった。アイラインを入れるようになった。派手に生きようと思った。見た目が派手に。

自分一人では気づかなかったことだろう。

他者との関係の中で、文脈の中で、自分をどう位置付けるか。比べる相手もいない世界なら、眉がなくても、目が大きくなくても、きっと気にならず、王の様に振る舞える。アドラーが言った通りだ。

欲望も、正しい自己評価も、人との間に定まる。

今流行りの自己肯定感とは、また異なった基準だ。

 

ただ、このブログでは何度も言っているが、自己肯定感なんて、クソだと思う。

自分だけが愛する自分。誇れる相対的価値の全くない自分を愛する。そんな理論はクソだし、そんな自分になるなら、心から恥じたい。

しかし、ニートには、そんな自分を肯定している人が、凄く多い。自分に、人生に満足と言う。それは、もっと上等な何かを見ていないからだ。

 

この前、チェンソーマンの11巻(最終巻)を読み終わった。

 

 最後、え?それでマキマさん倒せちゃうの?と疑問しか残らなかったが、デンジの、『ジャムパンで満足って言ったけど、朝からステーキ食べたいし、彼女も実は5人は欲しい…』と言うシーン、この欲望の成長には、少し感激した。

自分が、月収5万円のニートをしていたら、確かに、毎朝味噌汁とご飯と梅干が食べられるだけで満足で、SNSでちやほやされるだけで、自己顕示欲も満たされるかも知れない。

その中で、朝はクロワッサンが食べたい…程度の願いと、きっといつかは彼女ができると信じて生きる。惨めだ。

 

しかし、チェンソーマンとして人気を博するような経験を本当にすると、それなりに自分が如何程かの人物になれて、手に入る可能性が増えると、少しずつ欲望も大きくなる。

これは、デンジが、チェンソーの悪魔と契約してデビルハンターとして生きて、アキやパワーたちと楽しい毎日を過ごして、その中で色々なことを考えることができた結果だろう。

人間が成長して、欲望を膨らませるには、それなりの刺激と、人の輪が必要なのだ。

今の私には、その両方が欠けてしまっている。

最初は、トレードで大きく勝てる様になったら、欲望も変わると思った。しかし、月収100万を達成している(平均で達成している)今では、その見込みがある程度は、楽観的すぎたことに気づけた。

 

恐らくは、人との関わりの中で、自分の力不足を知りつつ、成長を見つつ、普通の生活を望みつつ、それだけでは足りないと知りつつ、それでも、原初の、マキマさんが好きに相当するような願いだけは、純粋に持ち続ける。そんな生き方が必要なのだろう。

 

まだ、副業は辞められそうにない。刺激のない毎日なんて、普通にすら近づけなくなるからだ。