ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

SSRが大事なのか、それともキャラクターに価値があるのか(*‘ω‘ *)

今日まで、ツイステッドワンダーランドのマスターシェフという肉のイベントだった。

しかし、このイベント珍しい。参加キャラのSSRがないのだ。正直、SSRなしと言うのは、今一燃えない。それでも、たまにはのんびりできるソシャゲイベもいいのかも知れない(*‘ω‘ *)

 

ところで、過去に読んだ、MMTに関する以下の本で、以下のような言説を読んだことがある。

 

MMT現代貨幣理論入門

MMT現代貨幣理論入門

 

 この本は、今よりもある程度はまだ鬱気味だった時期に読んだので、今より読書は楽しめなかった。今も楽しめているかというと、少し疑問符がつくが。

この本にあったのだ。中世の貨幣について。

この時代、貨幣には、二つの価値があったと。まずは中央の国王が決める価値。その貨幣の価値を10円みたいに定めて流通させていたなら、その価値で受け取らなけれないけないとの決まりがあり、実際に、その様に使われた。

も一つは含有の金属で決まる価値。多くの人は、1ドルは1ドルと分かっていても、その1ドルでどっちが重いか、すなわち、どっちに多くの金が含まれるかによって、受け取るかを決める傾向があったらしい。

それについて、私は、中央(国王)が今の時代の中央銀行よりも信用されていなかった為に生じた現象ではないかと思った。

王様が信用できないから、中身の価値の変わらない金をいざという時の為に求めた。

今の時代に、ビットコインや黄金が求められて高騰するのと、同じ理由だ。それでも、その中で、中央銀行の貨幣は、決められた価値で流通している。

ちなみに、この本の感想は以下の記事にある。

 

www.i-love-money-and-beauty.com

 

 

さて、これに似た現象を、ゲームで見た。

 

SSRという中央の決めた価値が大事なのか、それとも、SSRかRかよりも、カードに刻印されたキャラに価値があるのか、という疑問だ。

これを思いついたのは、この前、ツイステッドワンダーランドというゲームで、マスターシェフというイベントがあったのだが、この際のガチャでは、SSRはなしでSRだけだったのだ。

いつも石を減らしている監督生には、SRだけと言うのは、有難いが、引いた時のそこまでのラッキー感が今一ない。そのせいか、盛り上がりに欠けた印象を受けた。

 

ところで、ゲームのプレイヤーは、好きなキャラのカードを求めているのか、好きでもなくてもSSRならと求めるのだろうか。

SSRの為に天井7万のガチャを多くが毎回やっている。

それは、キャラの為かSSRの為か。

Twitterをやっていると、SSRを全て揃えているアカウントに出会うことがある。一体いくらかけたのだろう。噂では、数百万を一年に課金する人もいるらしい。

通常召喚とイベント召喚の両方のSSRで完凸目指していたら、そりゃそうなるよなって思う。

副業の職場でもそう言う人がいた。〇〇というキャラは好きでクリスマス限定の衣装が出るから、既に7万は積んであるけど、その前にハロウィンもあるから、きついし、キャラの誕生日も近いと。そのガチ勢が本当に楽しそうだったので、そのゲームをついダウンロードしてしまったりもしている。

 

ところで、自分の推しがSRでイベント出演した場合って、ファンは嬉しいのだろうか。

カードの絵柄は、推しなのだから、やはり引ければ嬉しいし、SSRよりも確率高いと喜ぶのだろうか。

この価値は、いわば、中央ではなく、ビットコインのように外で決まる価値に近い印象を受ける。中世なら、金の含有量だ。

今のソシャゲは、SSRの方がレベル上限が上なので、ゲームクリアにも役に立つ。やはり、SSR(1ドル)はSSR(1ドル)なのである。

しかし、本人にしか価値がないのが、キャラの絵柄だ。これは、そのイベントが繰り返されない時、もしかしたら価値を持っていくかもしれないという意味では、金や宝飾品に似ている。

ソシャゲには、二つの価値があるのだなと思った。

多くの人が求めるSSR、それと、自分だけが推しているそのキャラの絵柄。

 

何度も思う。こういう通貨的一面ってロマンチック…と(*‘ω‘ *)

 

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文字数が足りないので、少し日常の話をする。通貨やゲームの話が見たいだけの人は、ここで読むのを辞めた方がいい。下は大してその内容はない。

 

近頃、ダイエット熱がある。体重は、副業で出勤するようになってここ2年、間食が比較的減ったので、2キロ程落ちた。

しかし、食べても太らないので、結構食べている(*‘ω‘ *)

それでも、私は平均体重なので、本来ならダイエットの必要もないだろうとは思う。

しかし、痩せてた時期の自分が最強すぎた。美し過ぎた。そう思うのだ。

当時、足の怪我で行った病院で、治療器具を買う為に売店に寄った際、たまたま通り罹った看護師と、売店のスタッフが、『この近所にあんなに綺麗な人いたんだ…』と、驚いてくれたことは、今でも嬉しい。

 

しかし、当時、今ほどメンタルが安定していたわけではなく、その為、服装の美的センスは微妙だったと思う。メンタル状態が悪化すると、やっぱり服装の趣味は悪くなるよなって思う。

 

今では、流行りの服装も何故か出来るようになった。

自分の一番可愛かった時期は、大体小学校の高学年ぐらいだったと思っているが、あの時期のメンタルが一番人生でまともだったかもしれない。見た目は、メンタルから影響を受ける。

もちろん、美しく生まれるか?などの素質的影響もかなりあるだろうが。

 

とにかく、その数年前の驚かれた自分に戻ることは、不可能だと思う。当時のBMIは17だったからだ。今は21。

しかし、19ぐらいならできそうな気がするのである。その為の実験的食事制限に成功したのが、4ヶ月ぐらい前だ。そのデータを信じれば、体重は理論上減る。

 

過去の上の事例での、驚かれた時期も2年ぐらいデータをとり、ある日いきなり体重を大幅に落とした。データって最強だと心底思う。

 

ただ、近頃思うのである。BMI21は決してデブではないし、正直、今の好きなだけ食べられる人生も、それはそれで楽しいと。しかも、私は十分に美しい見た目も持っている。

精神的に追い詰められつつ、体重計にイライラしつつダイエットする必要が、BMI21体脂肪率23にあるのだろうかと。恐らくは、そこまでない。

ダイエット熱との間で揺れている。

過去の減らした時期も揺れながら、偶然片方に意思が傾いた時に落とした。今回も、結局は気分に多分に左右されるだろうと思う。

 

ちょっとした近況でした(*‘ω‘ *)