ダウ平均の暴落を願うドル売り日記(*‘ω‘ *)

基本は億にも達していないトレーダーの日常。トレードも読書も英語の勉強も、趣味もお洒落もダイエットも、全て無理なく楽しく続けることをモットーにしています。小さな努力も続ければかなり大きな成果に。基本成果を早く出そうとするから皆苦しいのだと思っています。

『天冥の標』と言うSF小説を読んでいます(*‘ω‘ *)

『天冥の標』というSF小説をここ半月ばかり読んでいる。

この本は、2018年に人から借りて、ずっと積読になっていたのだが、昨今また読み始めた。当時読まなかった理由については、ここでは割愛。内容が悪いとかではない。

 

今読み終わったのは、5巻目の『羊と猿のと百掬の銀河』であり、今読んでいるのは、『宿怨』だ。

 

天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河

天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河

 

 

 

天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1

天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1

 

 

この作品は、最初の巻が一番未来に位置していて、二巻目が今の地球と同じ時代。その後は、大体2300年ぐらいの太陽系をモデルにしている。

連載が始まったのが数年前だから、世界で実用化が期待されているAIやハイパーループの様な現在のテクノロジーに対して、少し古い印象のロボットやAI技術、移動技術が出てくる。それを見るに、人間の想像力よりも、現実の発明の力の凄さをまざまざと感じる。

しかし、この小説は、中々面白い。

4巻までを読んだのが、数年前なので、少し記憶が曖昧なのは、申し訳ない。

この小説は、登場人物の先祖や祖先が代わる代わる出てきつつ、色々な人との因果関係が結ばれつつ、一つの感染症について書かれている。

今、現実世界では、コロナが猛威を振るっているのだが、この時期に、この天冥の標を読むのは、とても時流に乗っていていいと感じられる。

 

まず、2巻目から出てくる冥王斑という感染症。この2巻目の時代は、現代の2000年ぐらいだ。

そこで、エボラに少し似た感染症が流行る。世界的な流行になるのだが、その際に、その感染症にかかりつつも、キャリアとなってしまった人達の子孫に位置する人達が次の巻から出てくるようになる。

その最初の巻に出てきた人達と苗字などが同じだったりするので、最初のキャラクターが元気に生き延びたのだな、と感慨深くなる。

6巻目の『宿怨』の途中まで読んだやっと全体像がつかめてきた感じなのだが、この小説は、その感染症と人類がどう関わっていくか、感染症にかかっている人達を差別せずに社会参画させていく、そういうのを一種の課題として描いていると思う。

しかし、その感染症は、宇宙から持ち込まれたものであることは、5巻で判明する。

5巻が急展開なのだ。大体の4巻までの伏線が回収される。

それ故、続きで、どうやって物語が展開していくのか、気になるのが、5巻だったと思う。

 

この物語に出てくる、2300年程度の時代の宇宙は多様だ。

宇宙で酸素を必要としない種族も出てきて、その種族が艦隊を指揮している。その種族の星が素敵だ。どちらかというと、同性愛的な人達が多く、同性同士でも、子供を作れる。

私が陰キャ腐女子だから、そういう展開が好きなのではなく、純粋に、子供が欲しくない異性愛者も子供を産んだり結婚したりしなくて、豊かに暮らせる世の中になって欲しいと思っているし、子供が欲しいと考えている同性のカップルも子供を作って欲しいと思っている。異性だけに許された結婚と出産、その営みに、疑問があるし、反対であり、反感すら、私にはある。

その為、その同性愛が当たり前な酸素を必要としないノイジーランドという国がとても、理想郷に感じられた。

そこで、主なキャラとして、金髪の美形が出てくるのだが、同性愛の星で、この容姿…耽美に感じられてならない。本当に美しい星だ。

 

この小説において、美しいキャラは、差別的なところがないと感じられる。一応冥王斑に対して防御的な対応はするが、キャリアの人達に対して、差別的な態度はとらない。

 

色々な人が、その感染症の人に対してどうやって接していくか、それが、この小説は描かれていて、そこを見ていくものなのだろうと思う。

私個人としては、上にも書いたようなジェンダー観を持ち、結婚観もかなりリベラルなので、そして、私自身結婚はしたくないし、子供も産みたくないし、同性婚が許されたら友情婚がしたいと思っている人間なので、比較的差別的な扱いを受けることもある。

冥王斑とは、別にコロナの様な感染症だけを表しているのではなく、色々なマイノリティの属性を表す比喩かも知れない。

 

ちなみに断っておくと、同性と友情婚はしたいが、同性愛者ではないですw

単純に結婚に表される形は、必ずしも恋愛だけではなく、伴侶が友達でもいいし、一夫多妻みたいなグループ婚も許されて、そんな中で人類が助け合えればいいと心底思っているだけです。

 

この作品で嫌なのは、ヘテロ女性で、一種可愛らしいタイプの女性たちが、男性にとって都合のいい存在として描かれている点だ。男性が好む女性、それも、日本人男性が好む女性であり、自立した女性が憧れる女性ではない…そんな存在が、比較的目立つ。

4巻目までは、それが凄く嫌だった。

特に、2巻目の女医が苦手だった。

 

しかし、5巻目では、ザリーカとアモクの友情が凄く自然で可愛らしいと思いつつも、同性同士をここまで友好的に、仲良く描けるということは、この作者は、私と同じでリベラルなのではないだろうか?という気がした。

その証拠に、5巻目に出てくる、ミスチフや彼と共にいる植物たちの思想は、帝国主義的であり、それと対立することになるノルルスカインが多様性を尊ぶ。主人公側を、差別しない存在として、同時に、多様性を尊重する描き方、特に帝国主義と戦わせる描き方をする人間に保守はいない。絶対リベラルと確信した。

 

ロイズという保険会社が出てくる。その保険会社と、その傘下のロボット会社や農業会社は世界を牛耳っている。

6巻目で今読んでいるところでは、そのロイズが、冥王斑に対して規制の手を伸ばそうとしているところで、一旦中断している。

そのロイズの冥王斑に規制をかけようとする人物の、母親が、冥王斑の生き残りだったりする関係上、その女性の子供は、冥王斑の少女、イザリに暖かく接した。

恐らく、イザリに好意的に接した少年は、母親が冥王斑の人達を迫害することを、良くは思わないだろう。その迫害役を、世界を牛耳る保険会社に役目として与えるのは、帝国主義そのものである。それを悪いものとしてはっきりと描くのは、素晴らしいと思う。

 

今の世の中、アメリカでも黒人差別に反対する運動や、日本での女性蔑視発言に対する世界の反発がある。多様性が、尊ばれているのだ。同時に、コロナの人にも差別してはいけないが、差別してはいけない対象は、世界にいくらでもいる。

その全ての人が、安全でありながら、幸せに歩み寄れる可能性。

それが、6巻冒頭の、イザリとアイネイアとのやり取りで表現されたのではないだろうか。

今の地球よりも、ずっと種族や色々な属性として多様性を持った太陽系を舞台にした小説だが、多様性の扱いについて、洞察が得られる。

良作だと思う。